Ivory_08
彼の『さいご』の意味合いがようやく分かったのは、ショコラフェスを終えて返礼祭を迎える頃合いだった。アイドルを続けると決めた先輩。そのために女性関係を清算し始めた先輩。時期を遡れば、確かにあの『最後』の日は、彼が女性関係を清算し始めたであろう時期とぴったりと重なった。
あの『最後』は、もしかして『最初』だったのではないか。もしかして『最初』に精算されたのは私だったんじゃないですか? なんて、そんなことを冗談交じりに尋ねたら、彼はいやに真剣な顔で「最後だよ」と言った。
「だってきみは、そうじゃないでしょ」
最後まで曖昧に言葉を濁す先輩は、桜が咲く季節にはきっちりと卒業していった。あれだけ愛を囁いてくれたのだ。最後に一言だけ気を持たせるような言葉を残していけば良いのにも関わらず、彼は未来に希望だけを重ねて、巣立っていってしまった。
もうきっと、私の手のひらに彼の温もりが灯ることはない。最後に交わりたかった逃避行。冬の雨。海。嘘みたいにほろ苦い想い出。
強い風が吹く。桜の花びらが濁流のように流れて、その甘い匂いに溺れそうになる。我慢していた涙がひとひら零れた。
ああそうだ、好きだったんだ。花びらのように押し寄せる感情が溢れないように、涙をぐっと飲み込んで前を見据えた。
空は晴れ渡っている。あの日、海で見上げた空のように。青く、透く。