Ivory_05

 あ、雨だ。ぽつりと肌に触れた感覚に先輩を見たけれど、どうやら先輩は気がついていないらしい。楽しげに最近あったクラスの話を紡いでいる。さざ波に紛れてぽつりと波紋。見ればつかの間の晴れを楽しんだ空は厚い雲を湛えており、海はすっかりとその彩りを無くしていた。
 ぽつり。またひとつ。今度は先輩も気がついたらしい。「あ」と言葉を句切り、泣き出しそうな空を見上げた。

「これは降ってきそう」

 ぽつ、ぽつ。感覚を狭めて落ちてくる雫に「いや降ってきた、ね」と先輩は踵を返し、波打ち際から離れる。走るよりも遅く、でも歩くよりも速く足を動かす彼の背中を小走りで追いかける。砂浜に足を取られるけれど、力強く彼が支えてくれるので不思議と走りやすい。

「近くにカフェがあるから、一旦そこに避難するよ」

 息を吸えば海とはまた違う重苦しい、湿気った空気が肺に流れこんできた。潮騒が遠く、雨音が近い。歩幅も違う、体力も違う私と先輩が同じ速度で走れる訳もなく、自然と唇から「お互い別で走った方が」と言葉が漏れていた。先輩は振り返らない。真っ直ぐ、手は握ったまま、砂浜を走る。

「――これが、さいごだから」

 雨音に混じって彼のか細い声が届く。なにが『さいご』なのか。聞き返すことも出来ずに雨粒に濡れて滑りそうな指先に力を込めれば、彼もまた、強く握り返す。ぽつぽつ。どくりどくり。狭まる雨粒の音と同じように、鼓動の音もまた、短く揺れ動く。
 頬に当たる雫が、潮風が、熱を攫うように私たちに襲いかかる。しかし繋いだ手のひらが灯火のように温かかった。

 これが、さいごだから。

 ――随分と、悲しいほどに。

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