くうねるところにすむところ_07
「良いわけねえだろうが」
「いやあ、その、本当に……そう、ずばっと言っちゃう?」
「言っちゃう? じゃねーっつうの! 妙にアドニスが浮かれてると思ったらテメエが原因か」
「これわんこや、声を落とさんか」
そうやんわりと晃牙くんを窘める朔間さんの瞳は全く笑っていなく、私は緊張に軋む胃を押さえながらアイスティを一口啜った。晃牙くんのように感情のままに唸ってくれるほうが何を考えているか、何に怒っているかが分かって何倍もいい。こうして静かに怒りの炎を灯されると、どうしていいかわからなくなる。
分からないけれど、彼が確実に『怒っている』ことはひしひしと肌で感じて、味も分からぬアイスティを喉へと流し込む。ずるりとまるで生き物のようにアイスティは喉を通り、胃に落ちた。同時に得もしがたい吐き気がせり上がり喉が空吐きをせがむ。もう一度アイスティを口に含み無理矢理にそれを流し込んで、私は笑みを浮かべた。
それが随分と下手くそだったのだろう。晃牙くんは困ったような、怒ったような表情を浮かべて朔間さんへと視線を投げた。
「嬢ちゃんや」
「……はい」
「もう、一年か」
先輩はそう言ってカップの取ってに手をかけた。一口コーヒーを啜ればカップの水面から浮かんだ湯気が、彼の目の前の空気を淡く曇らせる。湯気の向こう、怪しく光る紅の光にまたじくりと胃の中が痛む。居心地が悪くなり机の下で足を交差させソファの縁にかかとをつけて下唇をきゅっと噛んだ。学生時代、椚先生に怒られたことを思い出す。あの頃は怖いと思っていたけれど、言葉を発してくれた分朔間さんよりも随分と優しい存在だと思えた。
かしゃりと、ソーサーがかち合う音が響く。裁判官の鎚のように凛と響くその音に、私は恐る恐る顔を上げた。視界に映る朔間さんはじっとこちらを見つめており、しかしその表情にいつもの柔和な笑みは浮かんでいない。
じくりと、胃がまた縮み上がる。せり上がる罪悪感に、自分の罪の大きさを知る。
「我輩にとっては嬢ちゃんも、アドニスくんも大切な後輩じゃ。しかし、アドニスくんはそれ以上に我らと運命をともにする『仲間』でもある」
「はい」
「わかっているだろうが……あまり『適当』に扱わないでおくれ」
はい、と口にしたはずだった。しかし零れたのは吐息混じりの小さな『音』で、私は唇を噛み、うつむくことしか出来なかった。今し方話していた仕事の資料が視界に入る。全てが公になればこの仕事だって全部白紙だ。どうすれば良いのかなんて、彼らに導いて貰わなくとも明白なはずなのに。