くうねるところにすむところ_04
アドニスの飯も食え。そんでもって俺様にも付き合うのが通りだろうか。
そんな晃牙くんの横暴に付き合ったおかげで、空腹のまま仕事を続けるようなことにはならなかったけれど、帰る頃にもちっともお腹は減っていなかった。どうしようアドニスくんがご飯を準備していたら。学生時代から知っていたけれど、彼はボリュームの多いおかずを好む。彼が準備した晩ご飯は八割方肉料理で、めっぽうに美味しいけれど、美味しい分カロリーも高いだろうな、というのが印象だ。
食べられるだろうか、と思いながらも覚悟して「ただいま」とドアを開ければ真っ暗な廊下が見えた。おや? と思いたたきを見れば、そこにアドニスくんの靴はない。
「(出かけてる……?)」
時刻は午後十一時。出かけているにしても帰りが少しばかり遅い時間帯だ。息を殺すように廊下を歩きながら併設されているキッチンに目をやる。朝に慌ただしく流しに並べた洗い物は全て片付けられている。そろそろと扉を開けばそこには彼の姿はなく、心配していた料理も準備されていなかった。
カレンダーを見れば『オフ』の文字が横棒で消されており『鳴上と夕食』と書かれている。なるほど、彼も外食だったわけだ。ほっと胸をなで下ろしながら部屋着に着替えてベッドに座り込む。ワンルームのこの部屋にはソファや椅子などのそういった類いを置くスペースはない。だから座るときは大抵、ベッドとなるのだ。
「(なんだか、広いな)」
ここ一年彼とずっと過ごしていたから、急に一人にされるとこの部屋が随分と広く感じる。本来なら彼の来る数年は一人で暮らしていて、それでも手狭に感じることも多かったのだけれど、今や随分と物足りない。寂しい。
「さびしい」
確かめるようにそう口にして、一つ、ため息。寂しいなんて一体どの立場から言っているのだろうか。彼がこの部屋にやって来た理由を詮索したことは一度も無い。詮索しようと思ったことは何度もあるが、それこそ晃牙くんの言うとおり『アドニスくんなりの考えがあってここに来た』なんて思い直し、言葉を飲み込んできた。
何故彼はここへ来たのだろうか。仕事に思い悩んでいる雰囲気は無い。むしろ仕事終わりに話を聞く限り、多少荒波はあっても概ね順風満帆なようだ。
私を慮ってきてくれた? なんてうぬぼれた事を考えたことはあったけれど、一体何の義理があって、という終着点へと行き着く。
聞けば答えてくれるのだろうか、彼は。
私はそれを聞いて、受け止められるのだろうか。
うんうんと悩んでいたって答えは出なかった。当たり前だ。一年間悩んできた事柄がすぐにわかった! とひらめくわけも無い。
だから私は待つしか無いと思っている。彼が理由を口にしてくれるのを。
「(でもきっと)」
彼がそのことを口にするときはきっと、この生活の『終わり』なんだろうな、ということも頭のどこかでは分かっていた。分かっていたから、詮索出来なかったのかもしれない。
不思議な生活。ダメだと分かっているけれど曖昧なこの関係を続けているのは、やはり心の底に燻った恋慕があるからに違いない。そしてこの関係を続けるうちは、きっとくすぶり続けて燃え上がることはないだろう。ただ心の底を焦がして苦しくなるだけ。それでも手放すよりは随分と甘美な苦しさだ。
「(ずるいんだよね、私)」