くうねるところにすむところ_02
「――以上をもちまして本日の収録は終了となります。お疲れ様でした!」
まばらな拍手が辺り一帯に響き渡った。笑顔を貼り付けているが皆一様に疲れを隠しきれないのは長丁場の収録だったからに他ならない。本来ならまだ日の高いうちに終わるはずだったのだけれど、所謂『晴れ待ち』をしていたせいで随分と遅くなってしまった。
突然の通り雨に塗れた地面はどこかまだぐずついている。仕事用にと買ったハイヒールは走り回ったせいで泥だらけだ。しかしそんな事など知る由も無く、気まぐれに雨を降らせた空は、今や清々しい星空を広がらせていた。街灯が辺りを照らしているから淡くしか見えないけれど、いくつも星が輝いている。今日が一日晴れだったら良かったのに。体重をかけ直した足がずきりと痛む。足の裏がまるでセメントで固められたように堅く感じた。
「おつかれさん」
ぽすり、と柔らかな衝撃が後頭部に走る。この声は、と振り返れば晃牙君が丸めた資料を持って立っていて「飯でも行かねえ?」と、着替えもせずにそう笑った。そういえば朝、家を出てから何も口にしていないことに気が付く。意識してしまえば体は正直で、くうう、と胃が情けない声を上げた。
「腹減ってんだろ。ずーっと動いてたもんな」
「減ってはいるけど」
「けど?」
「仕事、あるしなあ……」
撤収作業を進めるスタッフの、少々刺々しい声が響く。今日はここへ『クライアント』としてやって来ているから撤収作業を付き合う必要はない。しかし悲しいながら会社勤めの私は『会社に戻り報告』の義務があったり、そもそも今日は早く収録が終わる予定だから! と油断して残して置いた仕事だってあったりする。
時計は午後八時を示していた。もう定時は過ぎているけれど、仕事が出来ない時間では無い。
「じゃあ飯食ってから戻れよ。テメーんとこの近くに定食屋あるだろ」
「あるけど……」
「どーせその状態で戻っても集中力続かねえだろ。ちょっと待ってろ、着替えてくっから」
晃牙くんはそう言うや否や振り返り、簡易的に準備した更衣室へと歩いて行ってしまった。私はその背中を見送りながら、ご飯か、と思う。
「(アドニスくんはもしかして、晩ご飯を準備しているのだろうか)」
私が仕事の日で、彼がオフの日は大抵何かしら準備されている事が多い。いやでも撮影の日はそのまま飲む可能性もあるって彼も知っているはず。あ、いや今日収録って事をそもそも伝えていないか。
腕時計をもう一度確認する。おそらく晩ご飯を準備しているのであれば、もう完成している頃合いだろう。準備されていたらどうしよう。朝ご飯に食べるねって伝える? それもなあ……。
ポケットの中の携帯を見れば、新着メッセージは着ていない。『ご飯用意してる?』なんて聞くのも恩着せがましいような気がして、そのままポケットに携帯を滑らせた。