Calling_06

 相も変わらず日差しは強烈だけれど、真夏ほどの強烈な暑さは日を追うごとに次第に和らいできた。随分と続くアドニスくんの電話は、数え間違いが無ければあと数回で三桁を超える。
 百日。三ヶ月と、ちょっと。ひと夏の間、アドニスくんと毎晩思い出話に花を咲かせていたのか。それってちょっとすごいことかも。
 でも話題にすべき事柄なのかどうか判別つかなくて、ぼんやりと『百日』を頭の中で転がしてみる。何故アドニスくんはこんなに電話をかけてくれるのだろうか。旧友と話したいだけで、ここまで連絡をくれるものだろうか。
 それでも、楽しみに待っている私も存在しているのも事実なのだ。電話だけで一度も会えてないけれど、今彼が何をしているのかも把握してないけれど。

 ――そういえば、アドニスくんは今何をしているのだろうか。

 今その瞬間、ではなく、今はどんな活動をしているのだろうか。アイドルをしているのだろうか。UNDEADで活動しているのだろうか。知っているはずなのに、思い出そうとすると頭に霧がかかったように思い出せない。アイドル活動をしているかしていないか位分かりそうなものなのに。
 テレビをつければ深夜帯に見合った番組が画面に灯った。ザッピングしても、彼らの姿は目に入らない。そう体よく見つかるわけ無いかと、携帯を拾い上げた。インターネットにつないでみればなぜか『エラー』の文字。上部に表示される『圏外』の文字に、あれ、と首を捻る。

「(そういえば前もこんなことあった気がする。もうこの携帯も古いのかもしれない)」

 学生時代から使っている愛機を手放すのも随分と惜しい気がしたけれど、エラーが頻繁に起きるのならば仕方ない。携帯を投げ出してぼんやりと天井を見上げる。

 うとうとと、夢の中に沈みそうになるその頃合いに電話が鳴った。着信の画面に灯る名前は『乙狩アドニス』の文字。すぐに電話を取れば、電話口の向こうから彼の声と……随分と騒がしい、ざらつきのある音が聞こえた。
 しかしそれは最初だけで、彼が『もしもし』と口にする頃にはもう電話口の向こうはクリアになっていた。電波が悪いタイミングだったのか、とも思ったけれど、先ほどの携帯の不具合を思い出して、私のせいかもしれない、とも思う。
 返答をしなかったからか、電話口からもう一度『もしもし』と不安そうな色を滲ませた声が聞こえた。私は慌てて「もしもし」と彼に応答する。

『忙しかったか?』
「ううん、大丈夫だよ」

 私は笑って携帯の画面を眺めた。画面の上部には確かにちゃんと、電波が三本立っている。やっぱり不具合か。修理に出さないと。億劫さが背中からじわじわとせり上がりため息を促す。天井に向かって息を吐けば『盛大だな』とアドニスくんの声が聞こえた。

「ん、携帯の調子がわるくて」
『そうなのか』
「学生の頃から使ってるからね。今で――」

 何年目、だっけ?
 言葉が詰まり、思わず誤魔化すような笑いが漏れる。『どうした』とのアドニスくんの声に「いや、なんでもない」と私は転がり枕を抱いた。

「……まあ、長く使ってるから、替え時かなって思っただけです」
『そうか』

 そういえばアドニスくん、今、なにしてるの?
 途切れた会話にふと先ほどの疑問が浮かんだけれど、流石に本人に聞くのは失礼かと、喉元まで顔を出したそれを飲み下す。その代わり「そろそろ涼しくなってきたね」と口にすれば『ああ、そうだな』とアドニスくんの和らいだ声が聞こえた。

『あっという間に夏が過ぎたな』
「本当にそれだよね。海とか行きたかったなあ」
『海か』
「うん。学院の近くに海岸口があったよね? 懐かしいな、また行きたい……」
『今度一緒に行くか?』
「え? いいの?」

 アドニスくんの言葉に思わず食いついてしまう。電話口の向こうで苦笑交じりんな『もちろんだ』との声。その声を聞いたら携帯の修理だとか、自分の年齢が咄嗟に出てこないことなど頭から飛び出して、ただ赤べこのように何度も首を振りながら「行きたい、行きたい!」と繰り返した。

「いつ行く? いつが暇?」
『……そうだな。じゃあ――前の――が――』
「……アドニスくん?」
『良――てか――』

 途切れ途切れに聞こえた彼の声を拾おうと携帯を耳に当てれば、ぶちん、と無慈悲な音が響いた。見れば携帯は圏外の表示を灯しており、私は眉をひそめて携帯を投げ捨てた。

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