Calling_03


 『また明日』はもう何度繰り返されただろうか。突然の電話から気が付けばもう一ヶ月も経過したけれど、アドニスくんは毎晩律儀に電話をかけてきてくれていた。時間を忘れて話し込む日もあったし、十分程度で切り上げる日もあった。しかしそんな些細な時間でも彼は『また明日』を律儀に守ってくれている。

 変わらないな、と私は思った。優しいところも、少し融通の利かないところも、あの頃と全く変わっていない。

 目を閉じればまるで昨日のことのように思い出せる学生時代の彼の姿を浮かべて、私は笑みを浮かべた。こうして鮮明に思い出せるのは、彼と話す内容が全て学院時代の思い出話だからかもしれない。あんなことがあったね。こんなこともあったな。三十近く電話をしているのに、話題は次から次へとあふれ出る。どうやら二年間の思い出は私が思っている以上に厚いのかもしれない。

 代わりに、現状の話は不自然と言っていいほどお互い口にしなかった。秘密が多い仕事をしている、という事もあるけれど、私は疲れからか夜になると昼間の記憶が曖昧になるし(仕事スイッチ、というやつだろうか)アドニスくんも尋ねてこないし話題を振らないから、必然的に思い出話に花を咲かせることとなる。

 彼の真意はしらない。本当になにか用事があるのかもしれないし、ただ話したいだけかもしれない。探ろうと思ったこともあるけれど、折角の旧友とのコミュニケーションの綱をくだらない好奇心で切るのは本望では無い。

 通話中、ずっとスマートフォンを掴んでいたせいで仄かに暖かくなった手のひらを握りこみ、私はベッドに転がった。天井を見上げれば当初から抱えていた身体のだるさが薄くなった事に気が付く。これはアドニスくんの電話の効能だろうか。そう思うと少し面白くて、思わず頬が緩む。

 明日電話がかかってきたら話してみよう。暗く落ちたディスプレイに、晴れ晴れしい私の顔が映る。アドニスくんの電話のおかげで元気が出てるよ、と。そしてたまには電話じゃなくて顔を見て話そうと、誘ってみてもいいかもしれない。

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