星に願いを_17
高校生といえど体躯はもう大人に近い。肩と肩はぶつからない程度の空間は保っているようだけれど、電気を消してもしばらく羽風先輩の「狭い」「冬なのに暑い」「ちょっと狭いって言ってるでしょ!」との不満そうな声はひっきりなしに響き、そのたび「三人並んで寝てるからのう」「寒いよりはましじゃろう」「おお、こわいこわい」などと、含み笑いを孕んだ朔間先輩の楽しそうな声がそれに応えた。私はベッドの上で、晃牙くんと背を合わせる形で壁と向き合い、その会話を聞いていた。夜も更けているから、彼らの声は随分と潜まっている。潜まりながらも、会話は止む気配を微塵にも見せなかった。
「全く薫くんは……修学旅行でもこんな感じじゃっただろうに」
「修学旅行もこんなに狭いのか?」
「そんなわけないから! 普通もっと広いし……ねえ朔間さん、わざと狭めてない?」
「すまない、俺の図体が大きいからかもしれない」
部屋の奥の方からアドニスくんの申し訳なさそうな声が聞こえる。壁を見つめながら「楽しそうだなあ」と小さく零せば「うるさいだけだろ」とすぐそばで晃牙くんの声がした。
シングルサイズのベッドは二人で寝転ぶには少々無理のあるサイズだ。ぴたり、とまではいかないけれど、彼の体温が分かる距離。お互いに身じろぎをすればほんの少しだけ身体が触れあい、その度に心臓が過敏に反応してしまう。
妙に背中だけが暖かくて、目を閉じても到底眠れそうにはなかった。耳元で心臓の音がする。手を胸に当てれば、驚くほど早く鼓動はリズムを刻んでいた。
「いまさらだけどさ、小柄な晃牙くんが下で寝るべきだったんじゃない?」
「あ? 誰が小柄だって?」
「わ、ごめん気にしてた? だってわんちゃん一人だけ小さいし」
「テメエ!」
羽風先輩はどうやら朔間先輩から逃れるために晃牙くんをからかう方向へシフトしたらしい。煽るような羽風先輩の言葉に、晃牙くんはがばりと身を起こす。
大きく揺れるベッドに、何事かと彼を見上げれば、晃牙くんの奥、天井の方から何やら白いものが流れるのが視界に入った。「うが」という声とともにぶつかったそれはぽてりと私の膝元に落ちた。枕だ。
その場に崩れ落ちるように座り込む晃牙くんを横目に、私はそれを拾い上げて、おそらく投げられたであろう方へと視線を向けた。視線の先には座り込んだ朔間先輩がいて「わんこ、夜は静かにな」と薄暗闇の中で、彼はにこりと微笑んだ。
「(そういえばこの人、夜行性なんだっけ)」
枕だから衝撃はさほど無いはずなのに、意気消沈と晃牙くんは寝転び、そして拗ねるように布団を掻き抱いてしまった。
「嬢ちゃん投げておくれ」
「あ、はい」
軽く上投げすると、緩く弧を描いた枕は見事朔間先輩の元へ。「ありがとう」と微笑んだ彼は布団に枕を置き、そして私も横になろうと思った矢先「怒られちゃったね」なんて、また煽る羽風先輩の声が聞こえた。その声に晃牙くんは迷いなく枕を手にし、そして真下に座する羽風先輩に振り下ろす。
「ちょっと乱暴!」
悲鳴のような彼の声が聞こえて、次いで満足そうに「テメエの相棒に言えよまずは」と晃牙くんはそう嘯いた。
「(朔間先輩も晃牙くんも、アイドルに顔はだめでしょ、顔は)」
注意しようかな、と前を見れば、私の寝ていたところにあるはずの枕が無い。見れば上半身を起こした晃牙くんの胸元には枕があり、そして彼の左手にも、真新しい枕が握られている。
「(さては晃牙くん、私の枕で殴ったな?)」
枕なしで寝ることも一瞬過ぎったけれど、それよりも早い解決方法がある。楽しそうに羽風先輩とお喋りしている晃牙くんの胸元から枕を奪い取ると、文句を言われる前に頭に敷き、寝転ぶ。
「おいこらテメエ」
「先にとったのはそっちでしょう」
じろりと睨めば、悔しそうな舌打ちの後、ベッドがほんの少し波打つ。どうやら彼も寝転んだらしく、煽る羽風先輩の声にも「うるせえ」としか返さなくなってしまった。
そして不意に訪れる沈黙。時計の音だけがちくたくと、大きく響く。
「……ねえだから狭いんだって!」
「だって我輩まだ眠くないんじゃよ」
「寝ろ!」
しかしそれを許さない夜行性の魔王様と、運悪く隣に寝てしまった羽風先輩の攻防は、どうやらしばらく続きそうだ。