星に願いを_15
「お泊まり会なんてわくわくするのう」「おい」
「わんちゃん家に五人も入るのかな? と思ったけど、案外いけるんだね」
「待て」
「しかし五人で寝転ぶとなるとちと狭いのう」
「うーんそうだよね。あの子はベッドで寝かせるとしても俺たちのスペースが」
「待て待て待て待て!」
牧歌的に話を広げる先輩達の間に割り込むように晃牙くんは声を上げるけれど、二人はどこ吹く風。晃牙くんの声など聞こえていないように床のスペースを眺めながら、ここでまず縦に寝て、だとか、二つの布団を三人で使えばギリギリいけるかな? とかうろうろ歩きながら寝るための陣形を話し合っていた。
一人暮らしの部屋は狭い。男子高校生が住むのならそれは尚のこと狭く、確かに少々頭を捻らなければ五人横になるスペースを確保できそうになかった。一応近くのホームセンターで三人分の布団は確保したものの(晃牙くんの家には客用の布団が一組あると、なぜか嬉しそうな朔間先輩がそう教えてくれた)それを全て敷ききれるようなスペースはなさそうだ。
楽しそうに吠える家主を見つめながら私とアドニスくんは買ってきた布団やら晩ご飯やらを部屋の隅に置き、その場にしゃがみ込んでいた。防音レッスン室やダンスルームよりもずっと狭い部屋にこうして五人揃うと、なんだか随分と自分たちが大きくなったように錯覚する。
買いたての布団に背を預けながら一つ息を吐けば「疲れたのか?」とアドニスくんの声が降ってくる。私は彼を見上げて「ちょっとだけ」と小さく笑った。アドニスくんは布団と、そして買ってきた飲料やら食料やらが入った袋を見て「沢山買い込んだからな」と、小さく息を吐いた。本当は、みんなを巻き込んで良かったのだろうかという後悔にさいなまれているんです、なんて。口に出せない思いを飲み込み膝を抱えれば「お前は……」と小さくアドニスくんの声がする。
「……親と、喧嘩でもしたのか?」
「……うん、そんなとこ」
喧嘩しているのは、神様とだけど。そう思いながら、私はそっと目を閉じる。
わるいこと、なんて本当に意味があるのだろうか。懐疑的な気持ちが夜が更けるにつれどんどんと膨らんでいく。買い物中にしきりに震える携帯を見れば、親から「何時に帰るの?」なんて連絡が届いていて、罪悪感がちくちくと心を刺していた。
本当にこれでいいのだろうか。親を心配させて、友達や先輩を巻き込んで。でもこのままでは四月になればきっと、彼らは私のことを忘れてしまい、私はまた新しく二年生を始めなければならなくなるわけだし。それはもう、嫌だ。
今まではしょうがないと諦めていた心に『嫌だ』とはっきりと気持ちが浮かぶようになったことに、私は驚き目を開く。そうか、そうなんだよね、もう、こんな思いをするのは嫌なんだよ。何度も、自覚させるように『嫌だ』と心の中で繰り返す。
繰り返したところで親を心配させている事実や、晃牙くんたちに迷惑をかけている事実は変わらないけれど、ほんの少しだけ罪悪感が薄まった気がした。
そうして盛り返してきた気持ちに顔を上げれば、視線の丁度すぐ先に急な来客に警戒をしているのであろう、物陰からじとりとこちらを見つめ続けるレオンの姿が見えた。手を伸ばしおいでおいでと指先を振れば、彼はそろそろと慎重な足取りでこちらへと歩み寄ってくる。そして鼻をひくつかせながら、くうん、とか弱く声を出し、突き出した手に擦り寄る彼を見て「ごめんね」と私は言葉を落としていた。巻き込んで、ごめんね。頭に手を乗せて緩く撫でてやれば、彼のまん丸な瞳が嬉しそうに細まる。彼はそのまま私の腕の下を通り、しゃがみ込んだ私の足の前にぽてりとその身を投げ出す。
「なんでテメエらが泊まる話になってんだよ」
「二人っきりで泊まるなんて、そんな晃牙くんばっか良い思いするのなんてだめに決まってるでしょ」
「良い思いかはともかくとして、薫くんの言うとおりじゃよ。いくらのわんこでも、嬢ちゃんと二人きりでお泊まりは、倫理的にちょっとあれじゃろう」
「男四人女一人のほうが倫理的にだめじゃねえかよ!」
「まあそこは俺たち過激で背徳的なUNDEADってことで」
「てめえはほんとああ言えばこう言うな?!」
「わんちゃんだけには言われたくないんだけど」
レオンは一度、晃牙くんの声に反応して視線をそちらに投げ立ち上がるが、しかし駆け寄ることなく今度はアドニスくんをじいと見上げた。私も彼の方へと目をやれば、どうやら撫でようとしていたらしく、褐色の逞しい腕が突き出されたまま震えている。どうやら撫でるタイミングを完全に見逃してしまったらしい。アドニスくんの横顔が困ったように強ばっている。
「怖がるだろうか」
繊細な彼の声がか細く響く。「大丈夫じゃないかな」と答えれば、アドニスくんは恐る恐るレオンに手を伸ばした。しかし、撫でるまでには至らない。行き場の無い手は突き出されたまま、震えるだけだ。
撫でてもいいと思うよ、と口にするよりも前に、レオンはそんなアドニスくんの腕の下に入り込み、ぺろりと肌を舐めた。そして嬉しそうに身体をこすりつけるので、アドニスくんはそこでようやく――ぎこちなくだけれど――レオンをなで始めた。彼の強ばる口元が次第に緩む。それでも困惑した表情は変わらず、嬉しいやら困るやら、複雑な表情を浮かべながらアドニスくんはレオンをなで続ける。
「心温まる情景じゃの」
「先輩」
「すまん嬢ちゃん。スペース的に誰かの隣に寝てもらうことになりそうじゃ」
「いえ。むしろ私のわがままに皆さんを巻き込んでしまいすいません」
「気にしないでおくれ。たまには親睦を深めるために合宿するのもいいじゃろう」
そう微笑む朔間先輩に「ありがとうございます」とお礼を述べれば「普通は俺様に言うもんじゃねえのか?」と憮然と晃牙くんが吠える。そしてこちらへ歩み寄った晃牙くんはアドニスくんに擦り寄るレオンを見下ろし、そしてその頭を乱暴に頭を撫でるとそのまま彼はクローゼットの方へと歩いて行ってしまった。
その背中を見送っていたら「そうそう、親睦会だよ」と随分と弾んだ声がすぐ隣で聞こえた。右隣へと視線をやれば、いつの間にかやって来ていた羽風先輩が微笑みながら私の隣に腰を下ろしており、彼はこちらの表情を伺うように顔を覗き込むと「だからさ」と声を潜ませながら、にこりと笑う。
「俺たち、隣同士で寝ない?」
「羽風先輩の隣は恐れ多いので却下です」
「敬うなら最後まで敬ってくれる?」
つれないなあ、と言葉を吐き立ち上がる彼に「振られてしまったのう」と楽しそうに朔間先輩は笑う。レオンはアドニスくんの手から離れると、羽風先輩の足に寄り、自分の前足を彼の足の甲へと乗せた。そして均すように何度も踏みつけるので、羽風先輩はまたしゃがみ込んで「聞いてよレオンくん、俺さ、振られちゃったんだけど」と悔しそうにレオンの頬を両手で掴んだ。レオンはそんな羽風先輩にふんと鼻を鳴らす。「つれないなあ」と先輩はぐりぐりとレオンをなで回した。
ポケットにしまい込んだ携帯がまた唸りを上げる。一回、二回、三回。響き続けるそれが電話だということは気付いていたけれど、気付かないふりをして私は先輩達に視線を注いだ。