星に願いを_12

 この日々を良しと思っているわけではなく、なんなら脱してくれるために頑張ってくれるなら私にとって嬉しいはずなのに、今の彼が頑張れば頑張るほど、おそらく輪廻からは抜け出せないことをぼんやりとだけれど理解はしていた。それでも隣に彼が居てくれること自体が嬉しく思ってしまうせいで、邪険にすることも出来ない。

 そうなればどうなるかというと――大神晃牙はあの日からやけにずっと、私につきまとっている。

 どうしたいか、なんて彼自身の中で固まっていないらしい。ご飯時だったり、体育の合同授業だったり、放課後になりたての時間だったり、はたまた放課後だったり。話しかけてくるときもあるし、廊下の窓からこちらを一瞥し去って行くときもあるが、視界の端には必ず彼が困った顔を貼り付けながら現れた。
 二年生の終わり。おそらくこれから彼は去って行く先輩達と一つや二つの青春をこなすはずなのに(内容はうろ覚えだから、もしかしたらこなさないかもしれないけれど)私のために時間を使わせて、本当に申し訳なく思う。しかしその反面で、貴重な時間を私に費やしてくれてると喜ぶ利己的な感情が生まれているのも確かな話で……。

 ため息ばかりが募り、くるりとシャーペンを指先で回す。おそらく何十回も解いたであろう問題はよくわからないし、アドニスくんから突き返された小テストの点数はあまり芳しくない。(なんとアドニスくんは十点満点だった! すごい!)ループするならここあたりの蓄積ってどうにかならないのかな、と思いながらもどうにかならないのが現実というわけで。4/10と赤ペンで書かれた文字の上に息を吐きかければ「そんなに落ち込む必要はない」と先生の視線を縫って、アドニスくんが小声で話しかけてきた。

「定期テストはまだ先だろう? 挽回の余地はある」
「そうだけど」
「諦めるのはまだ早い」

 アドニスくんの言葉に心が揺れ動く。横に目をやれば、アドニスくんの向こうに、暖房の熱に浮かされほんの少しだけ結露している窓が見えた。その向こうにはまるで冬の深まりを知らせるように、雪がちらほらと舞い落ちてきている。
 もうすぐこの年も終わる。胸が締め付けられるような気持ちとともに、先ほどの『諦めるのはまだ早い』とアドニスくんの言葉が繰り返し響く。彼はおそらくそんなつもりで言ったわけではないのだろうけど、ほんの少しだけ盛り返した気持ちのまま微笑めば、アドニスくんも嬉しそうに表情を緩め、そして力強く頷いた。

「いつもお前には世話になっているから、必要ならば教えよう」
「うん、勉強会、しよっか」
「ああ。大神も呼ぼう」

 この会話は、そして勉強会は、私の今まで過ごしてきた『二年生』では起きた事柄なのだろうか。辿ろうにも鮮明に残っている記憶はもう別れのあの日しかなくて、細く長い記憶の糸をたぐりながら「そうだね」と私はプリントに視線を落とす。

 見覚えのないような、でもあるかもしれないその内容。私がこうして他愛も無い記憶を無くしてしまうように、私が消えた世界線では私以外のみんなは、私を忘れたりするのだろうか。懐かしむこともなく、成し遂げた事柄も全て無くなって、知り合いも、友達も、家族でさえ、『私』という存在を無かったことにしてしまうのだろうか。

 教師の声と、黒板にチョークの叩く音が聞こえる。顔を上げて、視線を黒板に注いでいるアドニスくんの名前を小声で呼べば、彼は「なんだ」と板書にいそしみながら返事をしてくれた。

「あのね」
「どうした」
「……もし、私が」

 何度も二年生を繰り返してたら、どうする。急に告げたくなった衝動に慌てて口をつぐめば、言葉を拾えないと勘違いしたのかアドニスくんは眉を寄せこちらを見て「すまない、もう一度」と呟く。

「……ううん。えっと、私がもし、この問題、解いたことがあるって言ったら、どうする?」

 その言葉にアドニスくんは「二回目でそれは……」と言葉を濁す。もしかしたら何十回目かもしれないんですけど、なんてとても言えなくて、私はへらへらと笑みを浮かべた。

←11  |top|  →13