星に願いを_11

 それは遠い遠い昔の話で、でも実はついこの間の話であったりして。人の流れとはおそらく少し違う場所にいる私には、何が正解で間違っているのか、もうわかりはしなかった。

 鮮明に覚えているのはあの日の夜。二人で歩いた帰り道。冬の寒い空気の中、濃紺のシーツの上に広げた宝石のように輝く星々があまりに綺麗で、私はこの前読んだ星座大全集を思い出しながら星の形を追っていた。

『冬の大三角形だね』

 星と星の間を架空の線で結びながらそう声に出せば、目の前の空気が淡く曇る。晃牙くんははしゃぎ回る私に呆れながらも『あ? しらねえよ』と同じように空気を白く曇らせた。そしてそのまま空を仰ぎ見ながら歩く私の手首を掴んで『転ぶだろ、ばか』と軽く引っ張る。私はようやくそこで晃牙くんに視線を戻して『うんそうだね』と笑い、おとなしく彼の隣を歩いた。

 その日の私の両手には大きな紙袋がぶら下がっていて、晃牙くんの両手にもまた、同じような紙袋がぶら下がっていた。その日のお昼に何気なく、持ち帰りの衣装が多いんだ、と零したら晃牙くんが、なら持って帰るの手伝ってやるよ、と言ってくれたためだ。
 期日まで余裕があるので何日間かに分けて持って帰るのがセオリーだけど、どうしようもなくわがままな私の本心が、断る言葉を考える前に頭を縦に振らせていた。だってこの口実があれば一緒に帰れるでしょう? 卑怯だと思うけれど、叶うことの無い恋なのだから、このくらいは許されてほしい。
 そんなわけで、私たちはおそろいの荷物をぶら下げながら、二人で夜道を歩いていたのだ。

 話していたのはとりとめの無い話だったように思う。今日の練習がどうだ、とか、明日朝一から小テストがあるんだよ、だとか、中身があるようでない話を二人で笑いながら喋っていた。夜道には私たちしかおらず、だから尚更に、人目を憚らずにいろいろな話を出来たように思う。

 あらかた今日の出来事を話し終え、会話が途切れた頃にふと前を見れば相変わらず綺麗な星空が浮かんでいた。冗談めかして『小テストがあるならさ、お星様にいい点取れるように願ってみれば?』と私が口にした、丁度その瞬間だった。
 目の前でちかりと大きく星が瞬いた気がした。私は何かが起こる予感を胸に足を止め、夜空を見上げる。その視線の先で、まるで夜空を引っ掻くような、勢いのある速さで一閃の光が流れた。

 尾を引いて、まるで幻のような速さで通り過ぎた流れ星に、晃牙くんも足を止めて夜空を見上げていた。ぽつりと『すげえ』と彼が言葉を落とす。私はその音で我に返ると『晃牙くん、見た?!』と笑顔を作り彼を見つめた。彼はそんな私の態度を小馬鹿にしたように『あ? 見てねえよつうか流れ星なんてガキじゃあるまいし……』と辟易するように言葉を吐き捨てたのだ。

 あの日、私はふらりと現れたその流れ星にある一つの願い事を乗せた。それは世に言う、三回唱える、だとか、消える前に願いを言い切る、だとかそういうお約束事はクリアーしているようには思えなかったけれど、確かにただ一つ、強く星に祈った事がある。

 そしてつつがなくその日を終え、冬を越えて、春を迎え、四月二日を迎えた私に襲いかかったのは、見覚えのある日々たちだった。携帯に表示される去年の西暦。友達である人たちがはじめましてと私を出迎え、一緒に笑い合って成長をした後輩達は緊張の面持ちで私を見つめ、そして居るはずの無い先輩達は値踏みするような視線を投げかける。
 勘違いかもしれないと思ったのは、はじめの年。ループしているのかもと考え出したのはおそらく二度目か三度目。そして幾度も同じ轍を踏みしめて『あの願い事』がおそらくの原因だということに気がついたのは、何度目のループだったのか、もう覚えてはいない。
 不思議と去年――私が高校一年生だった頃――はいつもちゃんと『去年の記憶』として私の脳内に色褪せることなく残っている。ただ繰り返しているこの一年は、大切な事柄以外はとても薄く記憶にしか残らないようだ。だから強くてニューゲーム! のようにはいかないし、定期テストだってそんなに良い点数をとれることはないし、超能力者のように人々の不幸を予言することだってできない。
 でもそのおかげで、私は心を保っていられたように思う。この代わり映えの無い一年を与えられるがまま蓄積しようものなら、その情報の重量におそらく押しつぶされてしまっていただろう。

 漠然とした『この一年から逃れられない』という思いと、そしてその現実を知らしめるように起こる強烈な既視感の狭間で、私は何度も高校二年生という役割を演じてきた。おそらくそれは私の『願い事』を叶えるか、私自身が私を『幕引き』するまで続いていくのだろう。

「そりゃ話なくてこんな寒いとこ呼び出されたのなら、私だって怒るよ」

 あのとき放った言葉は、ほんのりと震えていたように思う。だってこんな晃牙くんが早い段階で気がついてくれることなんておそらくなかったように思うから。
 私の知らないかけらを見つけると、心が震えてしまう。もしかしたらこのかけらが私を『未来』へと導いてくれるんじゃないかなんて、期待してしまう。それでも見つけたかけらは私の希望を打ち砕いてしまう可能性だって大いにあるから(そして今まで何度もあったから)私は慎重に、それを見極めなければならないと思っていた。

 冬の匂いが日々濃くなる季節。私がそろそろ『未来』を諦めようと目を伏せ始める時期。強引に連れ出された屋上はとても寒くて、ご飯を食べるのには不適切この上なかった。それでも彼の真剣な横顔を見てしまうと力一杯拒否もできないし、一つ一つ丁寧に紡がれた言葉達に耳を塞げるほど心はまだ冷え切ってはいない。

 知らない、気のせいじゃない? そう彼の言葉を突っぱねる未来もあったのに、晃牙くんのぶつ切りの、不器用な言葉達は予想以上に暖かく、私の心を大きく揺らした。袖で拭われた涙に、これ以上誤魔化すのは無理だと、もしかしたら今回こそはいけるんじゃないかと、私は口を開く。

「私たち、友達だよね?」
「当たり前だろ」

 さも当然のように返す彼に、私は目を瞬かせる。やっぱり今回もだめじゃないか。それでも簡単に叶うならそもそも星になんて願ってないよね。そんな自嘲の思いが鈍く心に影を落とす。
 一方で晃牙くんの心遣いを単純に喜ぶ私もいて、複雑な気持ちで微笑みを浮かべれば、晃牙くんは少し困ったように眉を寄せた。

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