星に願いを_09
その日もまた夢を見た。おそらく朝見た夢よりも、時間軸は少し前。春休みを迎えているはずなのに制服で、やりきれない思いを抱えて中庭へと歩く。春休みというものは、夏や冬のそれとは違い、校舎中がしんと静まりかえっていた。三年生は旅立ち、新一年生はまだ入学していない。必然的に学院の人数が三分の二に減るからかもしれないなと、人気のない光景を見ながら、晃牙は考えていた。彼女は晃牙が来るより前にその場所にいた。『やあ』と笑うその顔は明るく、なぜか心の奥が痛んだ。
『(何で笑えるんだよ)』
その思考は、おそらく今の自分のものではない。それでも痛みは鮮明で、泣き出したいような、そんな気持ちを抱えながら口を結んだ。彼女は強ばる晃牙の顔を見て笑い、そして小さく声を落とし『ほんとうに、なんで来るかなあ』と呟いた。『うるせえ』と口にした言葉はかすれていて、舌打ちを一つ落とす。
桜は、とてもよく咲いていた。風にあおられて幾許の花びらが舞う。薄桃色の小さなかけらが二人の間を横切り『綺麗だね』と彼女は笑った。
『……また、はるにあおうね。桜が咲く季節に』
彼女は晃牙を見つめる。会おうなんて、もうきっと彼女に会うことはないだろう。そんな予感が晃牙の頭に過ぎる。確信にも似た気持ちを抱きながら彼女を見れば、先ほどの気丈な態度とは一変、ぽろぽろと涙を流していた。
「(ああこれは、あの夢)」
記憶通り自分の手は彼女に伸び、そして彼女の肩をつかみ、抱きしめた。『もう一度晃牙くんと友達になれるの、嬉しいよ』と、やるせない気持ちの中彼女の声が聞こえる。どうしようもなくて、辛くて、でもそれを悟られたくなくて。抱く力を強めれば涙がぽろぽろと零れてきた。『馬鹿野郎』と呟き鼻をすすれば、随分と水っぽい、情けない音が小さく響く。
『絶対忘れねえからな、次は』
『晃牙くんにはもう次はないよ、あるのは未来だけだよ』
『うるせえ、一人でやり直すなんてせこい真似させるか』
執念のような気持ちが心の奥底からわき上がり『ついて行くからな』と言葉が口から零れる。彼女もまた同じように鼻声を漏らしながら『晃牙くんは未来でアイドルになるんだから』と笑う。
『――ねえ晃牙くん』
彼女の声にほんの少し腕を解けば、彼女は晃牙の腕のなかで涙をたたえてじっと彼を見上げていた。『なんだよ』と呟けば、彼女は言いにくそうに言葉を濁しながら視線を逸らす。
『言えよ』
『……あのね、私、好きな人がいたの』
彼女の言葉に多少面食らったものの、これが彼女の、今目の前にいる彼女の遺言なのだと思い、晃牙は背筋を伸ばした。好きな人がいたのか。そう心の中で繰り返す。一体誰なのだろうか、叶うなら消える前に会わせてあげるべきなのだろうか。そう考えながらも自分が、彼女が消える前提で動いていることにとても辟易してしまう。しかし、大切な友人である彼女の希望なら叶えてやりたいと、思う気持ちも本当だ。
『テメエが……会いたいと思うなら、可能な限り呼び出してやる』
そう言葉をこぼせば、腕の中で彼女はひどく驚いたように目を丸め、そして涙をあふれさせながら何度も首を横に振った。
『ううん、大丈夫……最後まで晃牙くんに頼ってばっかりだし、自分で行くよ』
そこで、目が覚めた。見慣れた天井が潤んでいることに気がついて目元を拭えば、袖口がぬれていることに気がつく。時刻は午前三時。外を走る車の音すら聞こえない時間だ。
見下ろせば買いたての布団を広げ眠りについている零の姿が見え、いつも棺桶にこもっているからこうして寝顔を見るのは初めてかもしれない、とまじまじと見つめてしまう。彼は随分熟睡しているらしく、安らかな表情で寝息を立てていた。
涙がぽろりと零れる。感情がいろいろと、追いつかない。
思い出したというか、取り戻したというか、今知ったというのが正しいのか。鮮明に残る夢の記憶を辿れば、まるで元々蓄えていた知識があふれ出るように、いろいろとわかってきた。
彼女は何度もこの学院で二年生を繰り返していること。全て知っていて負け戦をさせたのかと言われるのが怖くて、誰にも言い出せなかったこと。繰り返しているのは彼女自身の意思ではなく、何かを成し遂げられなかったから、繰り返されていると。
そして繰り返すのは彼女だけで、自分たちは――おそらく、と彼女が言っていたからこれは確証はないけれど――未来へと進むこと。
だとしたらなぜ自分がこれらを知っているのかだとか、そもそも彼女は何を願っていたのかだとか、わからないことが多すぎる。多すぎるけれど今は考えても仕方ないと、布団に潜り込み、晃牙は目を閉じた。