星に願いを_05
起きても一向に気分は良くならなかった。いっそのこと休んでしまおうか、とも考えたけれど、人に会った方が気が紛れる、と結論を出しのろのろと朝支度をする。ジャージにジャケットを羽織りレオンにリードをつけてやれば、晃牙よりも幾分と早起きの彼は期待に満ちた表情でこちらを見上げた。屈んでいる晃牙の脇を通り過ぎて玄関へ走り込むレオン。寝ぼけていたから手の中にあるリードの先は床に転がされてレオンの動きに沿ってかちかちと音を鳴らしていた。
食パンのような彼の後ろ姿に「大人しくしてろ」と声をかけるが、分かっているのかいないのか、彼は一度振り返り、ワン! と一度吠えてそしてじっとドアノブを見上げる。
落ち着きのない相棒にため息を吐きつつ、まだ眠い身体を引きずりながら散歩道具をひっつかんだ晃牙はリードの先を拾いドアを開けた。夜の間中冷やされた外の空気がさらりと肌の輪郭を撫で、部屋に流れ込む。冬の早朝はまだ太陽が昇りきっておらず、眼下には街灯が淡く輝いていた。
「(……夢か)」
あれはただの夢だったのだろうか。いやただの夢だと片付けるには最近妙なことが起き過ぎているし、普段見る夢なら起きて随分経った今なら輪郭も曖昧になるのだが、脳裏にはまだ鮮明にあの光景が残っている。まるで思い出したような、そんな感覚に近い。
「(誰かに話してみるか? いやでもどうやって話すんだ、これ)」
飲み下せない思いだけが胸に滞留する。吐き出せば薄暗い街に息がキラキラと光り、そして朝の空気に溶けていった。歩く度、染みこむように朝の寒さがじわじわと輪郭を犯していく。染みこむような冬の空気に一度身震いすれば、鼻先をひくつかせていたレオンもぶるり、とその身を震わせた。
前を向けば、東の空に綺麗な朝焼けが滲み出していた。立ち止まれば、リードが伸びきったレオンは不満そうに吠え、晃牙はその声に引っ張られるように歩き始める。
冬の朝は随分とねぼすけだ。暫く歩いてもまだ暗い空気の中欠伸を一つ零せば、冬の澄んだ空気が喉を通り身体の中に流れ込んだ。
家に帰った晃牙はレオンに朝飯を与え、そして自分も何かを食べないと、とベッドに横たわった。まだ出発まで時間がある。着替えて、朝飯食って、家を出て。普段ならちゃんと動けるはずなのに、昨日の寝付きの悪さのせいかどろりと背中から睡魔が襲ってくるようだった。なら朝シャンでもして頭を起こすしかない。そう思っているのに、腕が鉛のように重く、動かない。
瞼が落ちる。カーテンの隙間から朝日が差し込む。
タイマーをかけていたテレビが光る。いつも流しているだけの情報番組のタイトルコールが聞こえる。そろそろ準備をしなきゃいけない。
わかってはいるけれど、動けない。
『はるに、またあおうね』
彼女の声が聞こえた気がした。冬の空気には似つかわしくない、暖かな、ほんの少し濁った空気。ちらつくピンクの花びらに、もしかしてこれは桜なのか? と顔を上げれば、ぼろぼろと涙をこぼす彼女の姿が見えた。
なんで泣いてんだよ。そう尋ねたかったけれど、声はでない。その代わり自分の腕が伸び、彼女の肩を掴んでそのまま躊躇無く抱き寄せた。積極的なその態度に驚くよりも先に、なぜかやるせない、辛くて悲しい気持ちが心の中に席巻する。ああだめだった。そんな言葉も浮かぶけれど、何がだめだったのかは今の自分にはわからない。
『もう一度晃牙くんと友達になれるの、嬉しいよ』
胸の中で彼女がそう微笑む。もう一度? どういう意味だ? そう問いかけようと口を開いた瞬間――腹部に強烈な痛みを覚えた。
跳ね起きるように身を起こせば、なぜか不機嫌そうに腹の上に乗っているレオンがいた。寝てたのかよ……と欠伸を零し時計を見上げれば、午前十一時。とっくに授業が始まっている時間だ。
「うっそだろ」
わん! と怒鳴るように声を上げるレオンを下ろして慌てて制服に着替える。携帯を見れば「遅刻?」なんて心配するメッセージが何件か入っていて、顔を引きつらせながらも制服をひっつかむ。そういえば一時間目は小テストだって言ってたよな。
慌てて登校の準備を済ませた晃牙は、弾き出されるように部屋を飛び出した。