大嘘つきの大行進_08
ライブは、大盛況のうちに終わったらしい。終わったらしい、というのも情けない話で、どうやら晃牙くんの風邪を持って帰ってしまった私は見事に体調を崩していたのだ。あの日を境に練習に参加しなくなったし、本番も見に来なかった。体調不良などは嘘で、晃牙くんに会いたくなかったんじゃないの? という連絡に布団の中で必死に弁解したのが、昨日の話だ。(最初は訝しんでいた先輩方も処方箋の写真を送れば信じてくれた)
晃牙くんのお見舞いに行ってから、数日経ったが、彼とは一度も会っていない。会っていないというか、私が学校に行っていないというのが正しい答えだろう。晃牙くんとすれ違いに学校を休んでしまい、さらにはこじらせを重ね一週間とすこし、休んでしまった。プロデュースの仕事も怖いが、授業の遅れも怖い。アイドル科は割と寛容に見てくれるそうなのだけど、プロデュース科も成績には寛容なのだろうか? 寛容だといいなあ。
ぐるぐると首に巻いたマフラーに顔を埋めて久しぶりの通学路を歩く。冬の冷たい風は病み上がりの私の肌を容赦なく叩いた。随分と家でぬくぬく過ごしてしまったから、鋭い風が辛い。足を止めて道路端で身を震わせていると「なにしてんだよ」と随分と懐かしい声が聞こえた。
「……晃牙くん?」
なぜ? とは思ったけれど、行き交う水色の学生達に、まあ会う可能性もあるか、と思考を改める。あの日見た弱々しい面影など全くなく、彼はコートも着ず、ブレザーとマフラーのみと言う随分と寒々しい格好で立っている。見ているこっちが寒いと思い、ポケットの中にあるカイロを手渡せば「いらねえ」と突き返されてしまった。
「久しぶりだね、体調は大丈夫?」
「んなもんこっちの台詞だ。……悪い、風邪、移したみたいで」
「きにしないで、ライブ、見に行けなくてごめんね」
ずびりと鼻を鳴らせば、晃牙くんが気まずそうに目を逸らす。でも申し訳ないけれど、鼻は止まらない。一度ティッシュでかんではみたものの、際限なく出る鼻水のおかげですぐに詰まってしまう。ため息を漏らせば、マフラーの隙間から白く濁った空気が揺れた。
「気にしてねえよ……歩けるか?」
「歩ける」
「無理すんなよ」
そう言って晃牙くんはいつもより随分と穏やかな速度で歩き出した。久しぶりに出会う彼の気遣いに心が躍る、が、最後に会ったあの日の拒絶の言葉を思い出して、私は思わず歩みを止めてしまった。着いてこない足音に不思議に思ったのか、晃牙くんは振り返り、こちらへと戻ってくる。視線を合わせるように足を折って「大丈夫か」と顔をのぞき込む彼に、私は笑って「大丈夫」と答えた。
「でも、ちょっと休んでから行くね。先行ってて」
「んなもん置いていけるか」
「いやほんと大丈夫だから」
だって体調が悪いわけじゃないし。口を閉じた私に晃牙くんは「きつかったら言えよ」と一言、ため息と共に吐き出した。よかった分かってくれたのか、と胸を撫で下ろしたその瞬間、彼はおもむろにしゃがみ込む。私に背を向けて、手は腰に沿うように横にピタリとつけて。
「……いや、いやいやいやいや!」
「早く乗れよ! 恥ずかしいんだよ俺も!」
「おんぶは、おんぶはほんと、ほんと大丈夫だから!」
「うるせえ! さっさと乗れ!」
その剣幕に私は身を一度大きく震わせる。辺りを見回せば、通行人のそのほとんどが、座りこむ、そしてその場に立ちすくむ私に好奇な視線を注いでいた。しかし晃牙くんは立たない。早くしろと、怒鳴り続けるだけ。
ええい、もうこれは我慢だ! 学校に着くまでの我慢だ!
私は決死の思いで彼に身を預けた。ゆらりと一度身が揺さぶられ、次いで浮遊感に襲われる。人におぶられるのなんて、随分と久しぶりだ。晃牙くんは一度私を抱え直すとそのまま猛然と歩き出した。――学校に、背を向けて。
「ちょっと、どこに」
「うっせえ、本調子でもないのに来んな」
「元気だもん、ちょっとさっきは、その、違うんだって!」
必死な弁明にも関わらず、彼の足は止まらない。制服姿の生徒達は、逆走をする私たちを訝しげに眺めて、しかし声をかけずに学校へ向かい歩いて行く。晃牙くんが容赦なく歩くから、風がばしばしと顔を叩く。さらけ出された手の先が冷たい。しかし頬はやけに熱い。それはきっと身体に燻っている風邪の欠片のせいではないと、私は思った。