大嘘つきの大行進_05

 スポーツ飲料。ゼリーやプリン。冷却シート、などなど。思いつく限りの風邪のお供達は私の歩調に合わせて袋の中で揺れ動く。
 鞄を持つ反対の手でビニール袋を提げながら、私は記憶頼りに晃牙くんの部屋を目指していた。彼の家の前まで行ったことは数度ある。流石に中まで入る、ということはなかったのだが、迷わず行ける程度には記憶が残っていた。

 交差点の信号が赤に変わる。点字ブロックの前で立ち止まった私は、何気なく手にした袋を覗く。学院から出て、道すがらのコンビニでこれらを買い、こうしてのぞき込むのはかれこれ五度目だ。何がいくつ入っているのか、脳に刻み込まれているのだがどうしても気になる。
 スポーツ飲料は三本。ゼリー系は(何を食べるか分からなかったので)数種類のを合計五つ。冷却シートは箱のものを買ってある。おかゆはレンジで温めれば食べられるタイプのを、四セット。薬は解熱剤と、喉の痛みを和らげるものと、鼻炎に効くもの……とりあえず目に付く一通りは買ってきた。ううん、やはり飲み物はもう一本くらい必要だろうか。

 普段ならアドニスくんが止まらない心配に歯止めをかけてくれるのだが、残念ながら今日は一人だ。てっきり話の流れで着いてくると思ったのだが、練習がないと知った彼は部活の方へと顔を出すと言って校庭の方へと行ってしまったのだ。
 これは気遣いなのか、それとも普通に部活があるのか。追いかける気力もなくて「頑張ってね」と去る背中に一言。アドニスくんは振り返り「ああ」と生真面目に頷いていた。

 青色に変わった信号に気がついて、私は一歩足を前に出す。ぴゅうと冷たい冬の風が頬を撫でた。鼻をすんと揺らせば、冬独特の透明な空気が流れ込む。
 夕方過ぎの交差点は帰宅途中の学生や子供達がとても多い。茜色に染まった交差点、楽しそうに道行く人々に紛れながら、苦しんでいるかもしれない晃牙くんの事を思った。

 一人暮らしをしたことがないので、一人暮らしの風邪が大変だという漠然とした情報しか分からない。わからないからこそ、不安になる。行き倒れは大げさにしても、もしかして動けなくなっているのではないか、とか、ひどい熱にうなされているのではないだろうか、だとか、思考は悪い方へ悪い方へを沈んでいく。

 囃し立てるように不安が背中を這い回り、煽られるように歩調が早くなる。楽しげに歩く人波を縫うように追い越して、晃牙くんの家を目指した。

 そうしてたどり着いた彼の部屋の前でひとつ息を吐けば、白く濁った空気が立ち上った。もしかして尋ねたら迷惑だったんじゃないのか、なんて今更な不安が頭を過ぎる。が、ここまで来たら引き返すこともできまい。
 息を長く吐いてチャイムを押した。ぴんぽんと、誰もいない廊下に音だけが響く。もしかして起き上がれない程体調が悪いのかも。ぞわりと嫌な予感が駆け巡りドアノブに手をかけた、が、寸のところで留まった。ドアの奥から、どすどすと音が聞こえたからだ。同時に軽い足音が駆け回る音もした。よく知った苛立った声がドアの向こうから聞こえる。応答するように犬の鳴き声が、二三、響く。

「……よお」

 ドアが開いて、むわりとこもった空気が私の顔に直撃した。突然の訪問に彼は驚く素振りもなく、むしろ急に開いたドアに驚いた私の方が驚いていた。

「調子は、どう?」

 晃牙くんはマスクをずらして、ずびりと鼻を鳴らして「本調子じゃねえ」と一言吐き捨てる。玄関から離れたところに接地された柵には、レオンがじいとこちらを見つめてぱたぱたと動き回っていた。どうやら散歩に行くと思ったらしく、リードのようなものをくわえて柵に前足をかけたり下ろしたり、先ほどから随分と騒がしい。

 晃牙くんは私を見て、そして手にしている袋を見て顔を顰めた。ぼそりと「どんだけ買ったんだよ」と苦言が漏れる。あ、やっぱり多かったのか。少し恥ずかしくなって袋を背に回し隠せば、晃牙くんは呆れたようにため息を吐いて、そしてノブを押してドアを大きく開いた。

「入れよ。寒いだろ、外」
「いや、帰るよ。晃牙くんには休んで欲しいし、生きてることは確認したし」
「生きて……? 見舞いに来たんだろ。つうかこんなに食えねえし、消費して帰れ」

 でも、と抗う私に晃牙くんは「寒いからさっさと入れ」と言葉を強める。慌てて中に入れば、晃牙くんはすぐさま扉を閉めて鍵をかけた。どうしよう、入っちゃった。そんなつもりなど毛頭ないのだが、なぜだか気恥ずかしくなってしまって視線を彷徨わせる。
 そんな私に晃牙くんは一言「あんま見んな」と言い捨てて、さっさと部屋の奥へと入っていってしまった。

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