有明行燈_08

 かくして、私と先輩は元の関係に戻った。それは『恋人』になる前の『棘のない関係』だが、もう、そんなことはどうでも良い。先輩は追求してこない。私も追求はしない。お互い程よい塩梅の『良い先輩後輩』の関係に戻ったのだ。

 面を食らっていたのは晃牙くんで、諸々の報告をすれば驚き目を見開き、少し考えた後で「お前じゃこれが限界だったかもな」と独り言のようにぼそりと呟いた。「仰るとおりです」と身を縮ませる私に、晃牙くんはパックジュースを揺らしながら「お前も、吸血鬼野郎もそれでいいなら、まあ、一番いいんじゃねえの」と言い、そして手にしていたそれを私に放り投げる。パックジュースは小さく弧を描いて私の手の中に収まった。トマトジュースだ。だれかさんの、お気に入りの。

 側面についていたストローを破り飲み口に差してそれをすする。独特の酸味が広がり、慣れないその味に顔を顰めつつ一口二口、飲み干していく。晃牙くんはそんな私をただただじっと見つめている。「なあに?」と尋ねれば、彼はへらりと笑った。

「いや、テメエみたいな跳ねっ返り、次貰ってくれる人がいるのかねえ、と思ってな」
「うっわそれ失礼だなあ! 晃牙くんよりは望みあるし」
「ああ?! 俺様はアイドルだぞ?!」
「あらいやだ、アイドルにしてはお口が汚いんじゃありません?」

 そう言い笑うと、晃牙くんは一つ舌打ちをして苦々しくこちらを見つめ「まあ、そんだけ軽口がたたけたら問題ねえな」と呟いた。随分と、心配も、迷惑もかけてしまった。パックジュースを膝の上に置き「ありがとうね」と笑えば、晃牙くんは思いきり私の頭を掻き撫でた。

「俺様と、あとアドニスにも今度おごれよ」
「そだね、なにかおいしいものおごるよ、今度三人で食べに行こっか」
「その約束、忘れんじゃねえぞ」

 私は微笑み晃牙くんに頷きを返す。晃牙くんもその態度に満足したように頷き、そして青々と広がる空を見上げた。もう、冬がやってくる。夏よりも随分と近くなった、淡い青空を見上げながら、もうきっと大丈夫だ、と小さく笑った。

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