答えは大体五線譜の上_02

 まるで仕組まれたかのような歌詞に顔を顰めれば、どうしたのかと朔間先輩は不思議そうに顔をのぞき込む。本心まで見透かされそうで、身を引いて「何でもねえよ!」と吠えれば、彼はさもうるさそうに眉間に皺を刻んで二、三歩よろけた。「わんこは今日も元気じゃのう」とため息交じりに言葉を吐き出して、拙い足取りで羽風先輩やアドニスへ楽譜を配る。

「わんちゃんはいつも元気じゃん」
「ああ、大神はいつも元気だ」

 同じ言葉なのに響きがこうも違うものか。単純な賞賛のアドニスの言葉を流し、明らかに茶化しに来ている羽風先輩を睨み付ければ、彼はケラケラと笑いながら「ボールでも投げてあげよっか」と挑発するように腕を振り、架空のボールをいくつか投げる。その安い挑発に乗るか乗らないか迷っていたら「薫くん、やめんか」と朔間先輩の呆れ声が聞こえる。ここぞとばかりに「怒られてんぞ」と茶化し返せば「わんこ」とぴしゃりと彼の声が飛ぶ。有無を言わせないその声に反論できない自分に腹が立ち一つ舌打ちをすれば、なぜかアドニスが満足そうに「今日も仲がいいな」と笑った。どこに目をつけてんだこいつ。こんなスケコマシヤローと仲がいいわけねえだろ。

「じゃれ合うのはあとでやっておくれ、今日は折角四人集まったんじゃから」
「はーい、朔間さん。質問! 俺なんで呼ばれたわけ?」
「薫くんも知っていると思うが、新曲を作ってもらっていたじゃろ? それが完成したということで、お披露目会じゃな」

 ユニットメンバーが練習に参加するという正論はさておき、言葉尻を弾ませながら朔間先輩は答える。そういえば冬に向けてライブが重なるから新曲が欲しい、と嘆いていたのを彼の喜色に満ちた横顔を見て思い出した。作る技量も時間も足りないからと外注に頼んでいたそれが、どうやら完成したらしい。

「ふうん」

 羽風先輩は渡されたプリントを見つめる。俺も同じように譜面を眺めて、やはり似合わない文句の数々に顔を顰めた。しかし羽風先輩はそうでもないらしく、得意分野の甘い言葉の数々に「俺は好きだけど、珍しい路線だね?」と首を傾げた。そういった歌がないわけではないものの、UNDEADは激しい、ロック調の曲が多かった。
 朔間先輩は「まあ、聞いてみればわかる」と嬉しそうに頷くと、いそいそと机の上に真新しいノートパソコンを載せる。表面にナンバーが書かれたシールが付着されている。どうやら楽員の備品らしい。開いて、人差し指でキーボードを一つ一つ時間をかけて押して、ロックを解除する。
 ちんたらしたその動作にイライラを募らせていれば「朔間先輩はパソコンも出来るんだな」と純朴な賞賛が聞こえ「そうだねー」なんて感情のこもっていない同意が続く。アドニスは微笑ましそうに羽風先輩を見やり「羽風先輩も得意なのか?」と尋ねれば、大して話を聞いてない羽風先輩は「それなりにねー」と当たり障りのない言葉を返す。
 そんな中身のないやりとりに耳を澄ませていれば、どうやらセットアップが終わったらしい朔間先輩が俺たちを呼んだ。視線が、そちらに集まる。

「一度流すぞい」

 上機嫌な彼がパソコンのキーを打てば、仮歌が流れ出した。甘く歌い上げる恋の歌は譜面だけ見れば自分たちに不釣り合いと思ったが、仮歌を聴けばそうでもない事に気がつく。上っ面は甘いけれど、所々、どこか妖しい。今までの激しい曲が『過激』の部類なら、きっとこの曲は『背徳』をピックアップした曲なのだろう。
 ほんのりと扇情的な雰囲気の漂う曲は、どうやらリーダー様のお気に召したらしく、嬉しそうに顔を綻ばせながら曲に耳を傾けていた。羽風先輩も自分の得意分野だということで悪い気はしないらしい。「ふうん、いいじゃん」なんて賞賛の言葉を口にしてメロディを追っていた。アドニスは流れる音楽と譜面を交互に眺めながら「不思議な曲だな」と目を瞬かせている。そうか、これを不思議にとるのか。たしかにわかんねえやつが聞いたら不思議な曲に聞こえんだろうな。
 足を組んで歌詞を眺めながら、彼女はこれを聴いたらどう思うかを、ぼんやり考えた。真っ赤になるのだろうか、それとも、こんな恋をしてみたいと、そう思うのだろうか。そもそも恋の曲に興味があるかどうかも、定かではないけれど。

 ゆったりとしたメロディが部屋を満たす。純真な恋の歌ではない、誘惑するようなその歌詞の隙間隙間に、彼女の笑顔がちらついて離れなかった。

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