愛の鉄槌を食らえ_03
ピンク色のヘアピンをさして、ピンク色のヘッドフォンを首にかけた彼が「転校生さん!」と嬉しそうに駆け込んでくるので、ろくに確認もせず「ああ、ゆうたくん」と答えれば、彼は心底驚いた顔をした。冬の放課後の教室は人が居ないせいか指先からじわじわと冷える。指の腹をこすりながら些細な暖をとり書き物を進めていると、ひなたくんの格好をしたゆうたくんは怪訝そうな顔をして「もしかしてアニキ、さっき来ました?」と首を傾げる。私は顔を上げて首を横に振った。この教室には暫く人は来ていない。ずっと、私一人だ。「もしかしたらひなたくんに用事があった? 連絡してみようか? でもゆうたくんから連絡した方が早く捕まりそう」
「え、いや、そういうわけじゃなくて」
ゆうたくんは歯切れの悪い言葉を落として、そして手を口元に当てて眉を寄せる。空っぽの私の前の席の椅子を引いて座ると、じっとこちらを見つめて私の名前を呼んだ。くるりと指の中でシャーペンを回しながら「なあに」と答えると「どうしておれってわかったんですか」と緑色の丸い瞳をぱちくりと瞬かせる。
そういえばなんでだろう。直感なのかも。なんとなくゆうたくんっぽかったというよりは、ひなたくんっぽくなかった、という感覚に近い。
うまく言葉に出来なくて、シャーペンのお尻を顎につけた。金属の部分がひんやりと肌を冷やす。くるくると本体を回しながら「そうだなあ」と呟けば、彼は興味深そうに身を乗り出した。こういうところ、似てるなあ。流石双子。小さく笑えば「もったいぶらないで教えてください」とゆうたくんの少し拗ねたような声がした。
「うーん、でも新入生ならともかく、ある程度仲良くなったらみんな見分けがついてるんじゃない? ほら、友也くんとか、鉄虎くんとかさ」
「確かに、去年から同じクラスの奴らにはもう見破られてるかも」
「ほらあ」
私が笑えば、ゆうたくんはむっと頬を膨らませた。どうやらうまく話題を逸らすことが出来たらしい。シャーペンを顎から離して書類に向かい、仕事の続きに取りかかる。
ライブの申請書は去年一年散々書いたおかげでもう見本を見なくともすらすらと書く事が出来る。学校名、担当者名、参加ユニット、参加人数……諸々の情報を埋めながら「何か用事があったんじゃないの」とゆうたくんに話しかける。わざわざひなたくんの格好をしているということは、ユニット関連のなにかだろうか。リーダーじゃないと決断できない事柄はたくさんある。見破ってしまったから認可はできないけれど、話だけは聞こうじゃないか。携帯を開いて、該当ユニットのスケジュールを確認しながら、書類にミーティングの希望日を書き込んでいく。
ゆうたくんはそんな私のシャーペンの進路を指で阻んで「話逸らさないでください」とまたも拗ねたような声で呟く。顔を上げれば、やはり声に劣らない不機嫌そうな顔で、ひなたくんと遠いなあと、しみじみ感じた。
「アニキに見えないですか?」
「うーん見えない。『ゆうたくん』に見られるのがいやなの?」
「そういうことじゃないですけど、気になるじゃないですか」
「気にしなくてもいいと思うけど」
なかなかどこうとしない指に諦めてシャーペンを紙の上で転がせば、彼の指先がそれを捉える。ゆうたくんがシャーペンをはじく。クリップが机にあたり、かたかたと音を鳴らす。不規則なリズムを奏でるそれに耳をそばだてながら、感覚的に感じていたゆうたくんとひなたくんの違いを言葉にしようとする。が、やはり、うまく出てこない。
「本当になんとなくなんだよ」
「なんとなく?」
「うん、なんかね、ひなたくんっぽくなかった」
「だから、どこらへんが?」
「難問だなあ」
食い下がるゆうたくんに私は心の中で頭を抱えた。ひなたくんのほうが悪戯っ子っぽい? いや、悪戯っ子はゆうたくんもか。だけどちょっとひなたくんの方が小狡いというか、真意をついてくる? ううん、これじゃ入ってきたときに見分けた理由にならない。
だんまりを決めた私の名前を、ゆうたくんが痺れを切らしたように口にする。言葉にならないもやもやを、もやもやのまま「ひなたくんならひなたくんってわかる」と口に出せば、ゆうたくんは私が彼と見破ったときよりも大層驚いたように、目を丸くした。
「なんとなく、ひなたくんだと、おっひなたくんだ! ってなる。今回はならなかった、ただそれだけ」
「え、ちょっとまって、それって」
「なに?」
ゆうたくんは口元を抑えながら目をあからさまに逸らした。その態度を見て、私は口に出してはいけなかったことをうっかり滑らしたことに、気がつく。
「……い、いまのなし!」
「うっわあ、聞いちゃった。そういうこと。ふうん、そりゃ、俺ってわかるよね」
「まってゆうたくん、ちょっと、それは」
「大丈夫、アニキには黙っとく。そっかあ、それで。そっかあ」
理解したように何度も首を縦に振りながら「へえ、あの難攻不落なプロデューサー様が、そっかそっか、ふうん」と上機嫌に呟いた。何度も首を横に振りながら、壊れたおもちゃのように「ちがう」「だまって」「まって」を繰り返していたら、ゆうたくんはにんまりと笑って「うんうん、わかった」と私の肩を二度、叩いた。
「アニキには言わないよ。あのね、プロデューサーさん。俺、頼みがあってきたんだけどね」
「……どうぞ」
「このまえのライブの小口の精算書、遅れてごめんね。これユニットリーダーじゃないと受け取って貰えないって聞いたんだけど、大丈夫だよ、ね?」
受理しないわけにはいかない笑顔をむけられて、私は奪うように彼から書類を受け取った。