愛の鉄槌を食らえ_02
テストの点数、良くなかったんッスよねえ。鉄虎くんはおそらく返却された答案であろうプリントを四つ折りにして鞄にしまいこんでいた。「どれどれ」と私が大げさに彼の鞄に手を伸ばす素振りをすれば、彼は慌ててそれを?き抱いて「だだだ、だめッス! いくらの姉御でもこれは見せられないッスよお!」と情けない声を上げる。隣を歩いていた翠くんが「流星レッドらしいじゃん、赤点」とくすりと笑い「これは後輩に示しがつかないでござるな」と一番奥にいる忍くんもくすくすと笑う。この態度を見る限り、どうやら点数が悪かったのは鉄虎くんだけのようだ。「うるさいッスよ!」と顔を真っ赤に染めた鉄虎くんを見ながら私たちは歩いていた。秋から冬に変わる頃、普通の学生と同じように期末テストを終えた私たちは、その結果に一喜一憂しながら廊下を歩く。開放感からか顔を緩ませて「でもようやくユニット活動に本腰いれられるね」と言えば、鉄虎くんはむっと眉を寄せて「姉御、それ、嫌みッスか」と声を沈ませた。ああ、赤点ということは追試か。顔を緩めながら「ごめんごめん」と謝れば「気持ちがこもってないッス!」と彼は頬を膨らませる。
「プロデューサーに当たっても点数は伸びないでござるよ」
「ユニット練習の前に追試の対策したら? うん、それがいいよ。今日は休みにしよう」
「翠くんサボりたいだけッスよねえ、それ……」
唸るように鉄虎くんは言い翠くんを睨みあげる。翠くんはわざとらしく顔を背けて「俺は、鉄虎くんの事を思ってるんだけど」と白々しく言葉を吐いた。
「だいじょーぶッス! 追試も受かってみせるし、レッスンもちゃんとこなして見せるッス!」
「そのやる気がテスト前に発揮されれば」
「みっ翠くんだめでござる禁句でござるよ!」
じとりと鉄虎くんの眼光が鋭くなる。一触即発なその空気に慌てて「二人はどうだったの?」と尋ねれば翠くんも忍くんも顔を見合わせて、良くもなく、悪くもない点数を口にした。聞けば平均点もそう高くなかったらしい。
「そっかあ、難しかったんだね、じゃあ鉄虎くんも仕方ないね」
「姉御……!」
鉄虎くんは顰めていた目元を緩ませてじいとこちらを見つめた。そして照れくさそうに笑い「ま、赤点を取ったからって死ぬわけでもないですし」と鞄を背負い直した。赤点が続けば活動に響くと教えた方がいいのだろうか。いや、まだいいか。
廊下の突き当たりまで来たところで私たちは足を止める。おそらく彼らは階段を下がり、そして私は階上へと足を伸ばす。段差の手前までのろのろと歩いて横を見れば、手すりから三人の朗らかな顔が見えた。手を振れば、三人とも快く振り返してくれる。
「じゃ、姉御、俺たちはこれで。書類は金曜まででしたよね」
「うん、宜しくね」
「任せてください! じゃあ翠くんも忍くんも行くッスよ!」
「レッツゴーでござる!」
手すりを乗り出し彼らを見送れば、いつの間につけていたのだろう。三人は鞄にユニットの腰紐の飾りを模した小さなストラップをつけていた。この前のライブのグッズだろうか。翠くんは緑。忍くんは黄色。そして鉄虎くんはまだぴかぴかな赤色のストラップ。彼らが下る度にそれはぴょこぴょこ揺れる。歩調に合わせ、星のメッキがきらきらと光る。
楽しそうな後ろ姿を見つめて、私も階段を上る。今日はこれからまだ数カ所回らなければならない。効率よく動かねば。
窓から暖かな陽光が差し込んでいる。一歩足を踏み入れたら一段と濃い影が廊下に落ちた。風が強いらしい、かたかたと窓ガラスが揺れる。足を止めて外を見れば、木々が風に揺られて枝をしならせている。紅葉にはまだ早いが、よくよく見ればほんのりと色付いている葉も、いくつか。秋だなあ、とそれを見つめていたら「あっ転校生さん!」と跳ねたような声が聞こえた。
「おでかけ?」
「そんなところ、ひなたくんは?」
「軽音部に行こうと思って、転校生さんは軽音部室、行く?」
「予定はないけど、方向は一緒かな」
「じゃあ、一緒に行こう」
跳ねるように日溜まりに足を踏み入れる。さんざめく太陽が彼の顔を、ヘッドフォンを、柔らかに照らす。ひなたくんは顔を緩めて「暖かいね」と笑う。「そうだね」と返
しながら、日溜まりの中、じいと彼を見つめた。
「こんなに暖かいのに、外に出たら寒いんだから驚きだよね」
「そうだね、転校生さんはマフラー持ってきた?」
「マフラーはまだ早くない?」
「そうかなあ、もうそろそろだと思うけど」
一歩、ひなたくんが足を踏み出す。私も彼に続いて日溜まりから飛び出す。放課後の廊下は教室から声はするものの歩く人影は少ない。軽音部室に向かってのんびり歩きながら、他愛もない話を口にした。窓から差し込む陽光は優しい。外の暴風など嘘のように、暖かな温度だけを届けてくれる。
「そういえば、テストどうだった?」
何気なく口にした単語に、ひなたくんはぴくりと瞬きをする。そして悪戯っ子のように瞳を緩ませて「どうだったと思う?」と彼は嬉しそうに言葉を弾ませた。
「うーん、そうだなあ……でも平均は悪かったって聞いたし」
「うんうん」
「鉄虎くんもあまり良くなかったみたいだし」
そう言うと、ひなたくんの目の色が少しだけ変わった気がした。ふいと前を向いて、そして苦笑を浮かべて「そうなんだよねえ」と間延びした言葉を吐く。「ま、勉強なんて俺たちは二の次だし」と続ける言葉に「悪かったの?」と尋ねれば彼は苦笑を浮かべて頷いた。
「うそ」
「えっ」
「良かったんでしょ、ほんとは」
歩みを止めれば、ひなたくんも歩くのをやめた。数歩先の彼は驚いたように目を芝炊かせて、そして綺麗に笑う。彼の笑顔の後ろに朔間先輩が見えた気がした。一瞬で消えたその影にため息を吐いて歩き出せば、妖しく笑っていた彼は慌てて私の歩調に合わせて歩き始める。
「すっごい。なんでわかったの?」
「しーらない。嘘つく人には教えてあげません」
「えー、ケチだなあ。そんなわかりやすい態度とってた?」
「……違うよ」
横を見れば、期待したように彼が瞳を向ける。私はその視線を真っ直ぐに捉えて、口を開いた。
「私が、わかるようになったんだよ」