愛の鉄槌を食らえ_01
一年前のこの季節のことを、私はよく覚えている。見慣れた噴水は白と青を基調とした飾りで埋め尽くされて、至る所であらゆる音楽が流れていた。それは一ヶ月前のショコラフェスよりは少し拙いが、勢いは強い。手探りで、あがいて、叫んで。殻を蹴り破る雛のような音楽と、それに陶酔し声を上げる歓声は、騒々しくも暖かく、冬の空によく響いた。
そんな甘い香りと音楽がはびこる学院で、私は彼と出くわした。朔間先輩との逢瀬の後で、怠い身体を動かしながら講堂へ向かっている最中の出来事だった。
詳細な会話は覚えていない。ひなたくんと会って、世間話をしていた気がする。ステージから音楽と歓声が飛び交っているというのに、彼の声はとてもよく私に届いた。手にしていたお菓子の甘い香りが、鼻腔をくすぐる。そういえばお腹が減ったかもしれない。口元についたクリームを舐めとる彼を見下ろして、空っぽの胃を思い出す。
それを知ってか、それとも偶然が。ひなたくんは持っていたお菓子を私に差し出し「味見」と嬉しそうに笑う。断る理由もなく、これ幸いにと促されるまま口にすれば、心地の良い甘いクリームが舌の上で溶けて優しく広がる。おいしい。私が口元を緩ませれば、彼は嬉しそうに笑ってくれた。
そこからお菓子の話を少しだけして、バレンタインに話題は移る。練習で沢山作ったっけ、とぼんやり思い返していたら、ひなたくんが笑顔のまま、口を開いた。
「誰がいちばん好きなの?」
無邪気な声は、今でも鮮明に思い出せる。私はこの言葉にどきりと、心臓を揺らした。この手の質問はショコラフェスを終えて様々な人から投げかけられた質問だ。なのになぜ、こんなに動揺するのだろうか。
声の震えを悟られないように、言い飽きるほど口にした「みんな大好き」との言葉に、彼は一度笑い飛ばした。しかし言葉を繰り返す私に、どうやらそれが真意と知り、ひなたくんは呆れたように「残酷」と言葉を続けた。
「大事だからこそ、遠ざけてるのかな」
春がもう近いというのに、寒さは全く緩和されない。しかし鼻腔をくすぐる香りの一欠片に、別れを告げる花の匂いが混じっているのを私は知っていた。
彼の杭のように貫く言葉は、春の匂いのかけらと共に、私の心臓に突き刺さった。その杭を胸に、私は今日も生きている。然るべき日のために、ただ猛然と、歩いている。