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都内の小さな芸能事務所で、私は働いていた。大手のようにアイドルが膨大に在籍しているわけではない。華々しく主役を飾るような子達も居るわけではない。吹いては消えるような小さな芸能事務所で、私は働いていた。
小さいとは言え在籍する子達はどの子も皆夢に一直線で、目の奥には未来への希望を輝かせている。学院時代を思い出すなと、その煌めきを眺めながら私は小さく笑う。
この道を選んだのは決して彼への未練ではない。やはり、学院時代の仕事が楽しかったから。そして沢山のことを教えてくれた人たちに、少しでも報いたかったから。大学を卒業して数年、営業やアシスタントとしてついて行ったり、事務作業を熟したり、そこそこに忙しく、そして楽しく過ごしていた。
晃牙くんが私を探している事は、知ってる。唯一私の新しい連絡先を見つけ出した――というか執念の末に見つけ出されたが正しいのか――アドニスくんが教えてくれたのだ。
姿をくらまして、晃牙くんがそれに気がつき探し初めてから、私が大学を卒業するまで半年の猶予があった。まさかその期間の間中、アドニスくんが大学中を探し回るなんて想像できるわけないじゃないか。臆することなく片っ端から人を捕まえ私の名前を出して行方を尋ねる。なまじ外国人のイケメンだから噂はすぐに大学内に流れ、その頃には大学へ通うことも少なくなっていたけれど、親切な――私にとっては都合の悪い――友人達の手により、卒業するよりも早くアドニスくんへと身柄を引き渡されてしまった。
「大神がお前のことを探している」
アドニスくんからそう告げられて、心は大きく揺れた。あの憔悴しきった顔が浮かんだからだ。しかしすぐにそれを頭の外へとはじき出す。晃牙くんがそんな、私に対して執着を持っているわけないじゃないか。きっと近くに居たけど急に居なくなったから驚いて、とかに違いない。元々高校を卒業したら消えるつもりだったのだ。
そう堅く心に灯して首を横に振れば、アドニスくんはとても困った顔をした。晃牙くんがどれだけ探しているか、心配しているか並び立てたけれど、私は決して首を横に振ること以外はしない。だってそうじゃないか。私が女である限り、彼の足枷となる可能性は否めない。それが例えお互い友達の線を守っているとしても、世間はそう見てくれるとは限らないじゃないか。それに、私がその線をずっと守れる保証はないわけだし。
「もう決めたことだからごめん。黙ってくれると嬉しいし、これ以上踏み込まれても、困るよ」
アドニスくんは悪くはない。辛らつな言葉をたたき付けたあとに胸をえぐる罪悪感に私は眉を寄せた。彼は悲しそうに目を伏せて「しかし」と言葉を続けようとする。遮るように「私、晃牙くんやアドニスくんの言うように朔間さんのこと、手を出さなかったよ。アドニスくんもお願いだから、この件には手を出さないで」と言葉を並べれば、アドニスくんは詰まらせて「わかった」とだけ呟いた。
「大神には連絡しない。お前に会ったことも、居場所を伝えることもしない。だが、連絡先だけは教えてくれないか。それは大神のためじゃない、友人として、お前が心配だからだ」
そう言われて、渋々連絡先を交換してもう数年が経つ。彼は約束通り、晃牙くんに居場所を伝えていないらしい。たまに息災を伝える連絡や、こちらを心配する旨のメッセージが届く。できるだけ気持ちを悟られないように簡素に返事をするのだけれど、アドニスくんはそれでも律儀に丁寧に、言葉を返してくれる。そして文面の末尾にはまだ、数年経っても未だに「大神がお前を探している」と一文をつける。本当かどうかわからない。だってもう何年経ってると思っているの? そう思いつつも私は携帯を閉じて現実に戻る。
会ったって、懐かしいなあ、じゃあまた、で別れるだけでしょう。そう言い聞かせつつも私の心は揺れる。会いたい。話したい。今まであったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、びっくりしたこと、全部話したい。おそらく呆れられる位沢山あって、一晩二晩では語り足りないのだろうけど、それでも、それでも。
幸せな未来を夢想するだけでいい。もう十分幸せはもらったから。
大きく息を吐いて私は目の前のパソコンへと向かう。先方から届いた新しい資料をコピー機に飛ばしながら、大きく伸びをした。