大神晃牙はかく語りき_04
「肉を食べてたらアドニスくんが高確率で当ててくるの、ほんとつらい」苦々しく吐き出された言葉に心当たりがありすぎて、晃牙は思わず吹き出し、肩を揺らし笑う。彼女はそんな晃牙の態度にむくれ「本当に悩んでるんですけど」と声を荒らげつつカルビ定食の肉に手を伸ばす。だってお前、そう言いながら肉食ってんじゃねえか。口に出したい言葉を水で流し込めば、グラスの向こうに困惑した表情の彼女が見える。
彼女は添えてあるキャベツを箸で少量つかみ、口の中へ放り込み、咀嚼した。飲み込んで、息と共に「香水には、気がつかなかったのに」と悔しそうに言葉を吐く。そういえばいつ頃かつけていたそれの香りを、最近嗅いだ覚えはない。グラスを机の上に置いて「やめたのかよ」と言えば、彼女は瞳を伏せて小さく頷いた。
「でもね、すごいの。香水は全く見向きもしなかったのに、最近のアドニスくん、やたらと私の食べたものを当ててくるの。もしかしてUNDEADって方向性変えた?」
「変えてねえよ」
「一体何なんだろう、ご飯ソムリエでも目指しているのかな?」
そうして彼女はてらてらと光る肉の海にお箸を滑り込ませて持ち上げる。タレが滴りきるのを待って、白米の上へと持っていく。そして白米ごともう一度肉を持ち上げて彼女は口を開いた。
晃牙はその食べっぷりを眺めながら、日替わり定食であるコロッケを箸で裂く。一口大に切り分けられたそれを更に細かく裂きながら「当てられるなら別に肉じゃなくてもいいんじゃねえの?」と彼女を見つめた。彼女は口を動かしながら首を緩く横に振るい、そして飲み込む。脇に置いてある水を一口飲んで息を吐き、ようやくそこで「そうじゃないの」と言葉を紡いだ。
「お肉を食べるとね、すごく嬉しそうなの」
「嬉しそう?」
「例えばサラダうどんを食べた日はね、食べたものを正解しても「それで足りるのか」とか「もっとスタミナのある物を食べた方がいい」とか寂しそうな顔で言ってくるの。でもお肉関係を食べると、すごく嬉しそうに「そうか沢山食べたんだな」って……沢山、食べたけど、食べたけどさあ……!」
「太るぞ」
「わかってるます! わかってるんです!」
お昼休みのガーデンテラスのざわめきは、他愛のない話をかき消す位には騒がしい。普段は冷静な彼女がこうして取り乱していたって、例え「体重計乗るのが最近怖くって」なんて普通の女子のような会話をしたって、全て空気の中へと溶かしてくれる。
その喧噪の中、声を潜めて「やっぱお前アドニスのこと好きなのかよ」と確証を得るために尋ねてみれば、彼女は顔を真っ赤に染め上げて、そして慌てて周囲を見回した。数十分前も、数秒前も変わらない賑やかな景色だ。このテーブルの会話に気を止めている人など、誰一人として居ない。
「……うん」
「まあ知ってたけどな」
「でもその、付き合いたいとかではないの」
「そうなのか?」
「その、ほら同じ学校とは言え方やアイドルじゃない? 仕事に支障でるのも嫌だし、仲良くして、少しだけ、気にとめて話してもらえるだけで私は幸せだから」
「……それが体重を犠牲にしてもか?」
「そういうこと言わないでくれるかなあ!」
茶化してみれば、彼女は笑みを浮かべながら「ダイエットも平行して行っております」と茶碗の中に残っている、ほんのりと茶色味を帯びたそれを口へと運んだ。彼女が根底で大切にしているそれを否定するつもりもない。かといってアドニスを焚きつけるつもりもない。
彼女はこうして頭を悩ましているものの、寝癖をこさえていたときよりもずっと身綺麗になったのは間違いはない。プロデュース以外の事に関心を持つことはいいことだと、晃牙はそう思ってコロッケを口へと運んだ。
昼食の帰り道、彼女の教室の入り口で、先ほどまで話題の中心だったアドニスとばったり会った。アドニスは彼女と晃牙を見つめ、声をかける。彼女はびくりと肩を揺らし、晃牙はそんな彼女へと目線をやり、ひとつにやりと笑うと、そのままアドニスの方へと向き、挨拶を交わした。
「昼食か」
「ああ、テメエも誘えばよかったな」
「今日は陸上部の昼練があったから……ああ、そうか、今日も沢山食べたんだな。偉いな」
アドニスの微笑みが彼女へと降り注ぐ。彼女はそんなアドニスを見上げて、そして恥ずかしそうにすぐに目線を逸らした。耳まで真っ赤に染まった彼女は僅かに口を動かして「アドニスくんも、練習お疲れ様」と消え入りそうな声で呟く。しかしアドニスはそんな彼女の態度は気にもとめず「ありがとう……この匂いは、カルビ定食か、お前は肉が好きなんだな」と嬉しそうに言葉を弾ませる。好きなのはお前のことだよと、きっと彼女と同じ事を晃牙は思い、そして笑う。突然笑い出した晃牙の態度には気がついたアドニスは、彼の方を向いて不思議そうに首を傾げた。晃牙は首を横に振ると、アドニスの肩を叩いて「じゃ、俺様は戻るからな」と歩き出した。
「ああ、大神。また放課後に」
「遅刻すんじゃねえぞ――おい」
晃牙の一言に彼女は顔を上げる。恥ずかしさと嬉しさの入り交じった表情の彼女に『恋』も大変だな、とまた笑い、そして声を上げた。
「ほどほどにしておかねえと、マジで太るからな」