大神晃牙はかく語りき_05

 鈍感な男の子もいたものですね、で締めくくられたそのコラムは、読む人が読めば、誰と誰の話だとすぐにわかる話だと思った。「知り合いの話で悪いが」で始まる恋の話は高確率で自分の話だろうと、あの一匹狼がどんな恋をしてきたのか気になると好奇心で読み始めたのが運の尽き。既視感のあるエピソードの数々に雑誌を握りしめる力が自然と強くなる。読み終えたときには少し端が皺になってしまったそれを棚に戻すのも忍びなく、そのままコンビニのレジへと持って行き、購入をして帰宅し、そして今に至る。

 もう一人の当事者であるアドニスは彼女の隣で紅茶を啜っていた。甘く、柑橘系の香りが空気にのって彼女へと届く。「お前も飲むか」とアドニスはティーポットを持ち上げるが、雑誌をもう一度読み直している彼女は生返事で肯定とも拒否ともとれる曖昧な言葉を吐いた。
 アドニスはポットを置いて、すっかり本の虫となっている彼女の隣まで寄る。彼女は気がつかない。心を奪われるように読み込んでいるその本が盟友のコラムだと知って、普段は静かな嫉妬心が、ぬらりと炎を上げるのにアドニスは気がついた。
 ほんの少しだけ彼女に体重をかけても、彼女の視線は本に注がれたままだ。腰に腕を回して、名前を呼べば、ようやく彼女は顔を上げてアドニスを見た。

「紅茶、飲むか?」
「ああ、ごめん。飲みます」

 そしてまた本に顔を戻そうとするので、アドニスは大きな手で雑誌を遮る。彼女の視線がアドニスに戻り、そしてその表情がご機嫌でない事を知る。確かに昔の話をこうして読まれるのは気分のいいものじゃないもんね。しかしこの八割方はどう考えても彼女からアドニスへのアプローチの空回り集で――おそらく彼女が事あるごとに晃牙に相談という名の愚痴をこぼしていたからだと思うが――アドニスの恥ずかしいところなど少ししかないと思うが。いや、あるか。鈍感ですねで締めくくられた言葉通り、このコラムで一番際立っているのは、アドニスの鈍感さなのだから。

「……そんなに、大神の恋愛話が気になるのか?」

 不機嫌そうにそう言った彼の言葉に彼女は首を傾げる。これは、晃牙の恋愛話だと思ってるのか、それとも私がそう思っているからそう言っているだけなのか。試しにコラムを指さして「これって、晃牙くんの話じゃないでしょう?」と言えば、彼は不思議に眉を寄せて「あいつのはなしだろう?」と言葉を吐いた。どうやら本当に晃牙の話だと思っているらしい。
 うっそでしょ、マジで今まで気付いてなかったの。呆れて、それでもアドニスくんらしいと思い笑えば、アドニスは眉間に刻む皺を深めて彼女の腰に回した手に力を入れた。そのまま引き寄せてぴたりと身を沿わせれば、彼女は目を何度も瞬かせて、そしてアドニスの肩に頭を寄せた。

「これ、晃牙くんの話じゃないよ」
「誰の話なんだ?」
「……私の、よく知ってる人の話。読む?」

 アドニスに渡せば、彼は頷きそして文章を追い始めた。さて気付くだろうか。そう思いティーポットから紅茶をカップに注ぐ。爽やかな香りに包まれながら一口すすれば、苦みと甘さが解け、じわりと口内へ広がる。両手でカップを持ちながら、振り返ればアドニスは真剣にコラムを読み込んでいた。そして一通り読み終わると彼女の方を見て、二度、瞬きをした。

「随分と、鈍感な相手なんだな」

 彼のその言葉に彼女は笑い「そうだね」と呟いた。真実を告げるのは少し惜しい気がして、彼女はカップを机の上に置くと、アドニスの隣に座りその身をすり寄せた。

 鈍感なところも好きなんだよ。

 それは彼女が努力をして、恋を実らせ、『乙狩』の姓を得た頃のお話。鈍い音で鳴り響く携帯の音に耳を傾けながら、彼女はアドニスの腰にぎゅうと抱きついた。

←04  |top|