あしたもいっしょに、いてもいいですか?_03

「随分と仲良しなこって」
「大神」

 放課後、アドニスくんと軽音楽部室に向かえば、ドア前で丁度晃牙くんに出くわしてしまった。彼は私とアドニスくんを見るなりからかうような口調で軽口を叩いたが、アドニスくんはどうやら動じていないらしく、嬉しそうに晃牙くんの方へと歩み寄る。晃牙くんはお気に入りのギターケースのショルダーストラップを握り「つうかお前、今日UNDEADの練習に参加する予定だったか?」とじろりと私を睨む。

「違うよ、アンケート回収しにきたの」
「アンケート?」
「ほら、ユニットの意識調査みたいな、聞いてない?」

 どうやら本当に記憶にないらしい。アドニスくんと晃牙くんは目を合わせてお互い首を横に傾けた。急ぎの書類でもないので(今日回収できないだろうなあとは思っていたし)また後日伺おうかな、と思っていたら、アドニスくんが「朔間先輩に聞いてこよう」と軽音楽部室の中へと入っていってしまった。廊下に取り残された私と晃牙くんは顔を見合わせ

「でも急ぎじゃないから」
「そうかよ、もしかしたら今日書かせるつもりだったかもしれねえしな」

 と言って、笑う。

「今日はミーティング?」
「いや、練習。次のライブも控えてるしな」
「そっか」

 じゃあ頑張って、と帰りたかったのに晃牙くんは軽音部室のドアを見たまま動かない。私も帰るタイミングを掴み損ねて、じっとなにもない、部室のドアを見つめる。真っ白なドアに、薄く灰色の靴跡が付いている。こすった跡があるからどうやら一応拭き取ったらしいけれど、これは晃牙くんのやんちゃの跡なのだろうか。横を見れば、晃牙くんは入りもせずじっとドアを見つめて、ギターケースを抱え直す。

「……入らないの?」
「入る。けど、その前に」
「前に?」

 罵詈雑言も躊躇わず口にするくせに、やけに口の中で言葉を転がしながら晃牙くんは眉を寄せた。言葉を探しているのだろうか。しばらく戸惑った音を漏らした彼は「その、アドニスとは、どうなんだよ」と彼らしくない、やけに小さい声で呟く。

「どうって? 仲良しだよ?」
「んなもん見てればわかるっつうの」
「見ててわかること聞かないでよ」
「そうじゃなくて、そうじゃねえだろ」

 苛立たしく彼は指先で地面を何度も叩く。髪の毛を乱暴にかきむしるから、彼の、獣がかった匂いがふわりと鼻腔に届いた。レオンの匂いだと、今口にすべきじゃない言葉を頭に浮かべて、押し殺し、そして目を瞬かせる。

「最近ずっと一緒に飯食ってんだろ」
「うん」
「こうやって一緒に来るしよ」
「目的地が一緒だからね?」
「一緒にも帰るんだろ」
「送ってくれるそうなので……」
「だから、その」
「付き合っては、ないです」

 彼の言いよどんでいた言葉を口にすれば、晃牙くんは言葉を詰まらせて、そして眉間の皺を更に深く刻ませた。安心すると思っていたのに、予想外の反応に私は小声で「安心しないの?」と尋ねた。彼は呆れた声色で「馬鹿だと思った」と、先ほどまで散々言葉を選んでいたのが嘘のようにするりと悪口を吐き出す。

「ほらだって、そういう好きじゃないし」
「ほんとかよ」
「少なくともアドニスくんは、私がひ弱だから気にかけてくれてるだけだよ」
「お前はそうなのかよ」
「だって相手はアイドルだよ?」

 そう言うと晃牙くんは一つ大きく舌打ちをして目の前のドアを蹴飛ばした。それなりの音が響き、薄い足跡のすぐ隣に新しい足跡がくっきりと浮かぶ。ドアの向こうで賑やかな音が響き、そしてすぐにドアが開かれる。

「どうした大神?」
「なんでもねえよ」
「わんこ、ドアを蹴飛ばしてはいけないと何度も言ってるじゃろう?」
「そうだよ、おいたはいけないなあ、わんちゃん」

 ぐえ、と虫の潰れるような音が響きそちらを見れば、晃牙くんの後ろ、シャツの首根っこを掴んだ羽風先輩が微笑みながら後ろに立っていた。一体いつからここにいたのだろう。呆けて彼を見上げていれば、羽風先輩はウィンクをひとつなげて「今日はキミも参加? サボろうと思ったけどきてよかったなあ」と晃牙くんを軽音部室の中へと押し込んだ。よろけた晃牙くんを朔間先輩が受け止めて、そしてへらりと笑う。

「すまんのう嬢ちゃん、書類、夕方のギリギリでも大丈夫か?」
「明日の朝までならなんとかなると思います、滑り込みで」
「わかったわかった、なら練習前に書いてもらおうかの、部室で待つか?」
「いえ、まだこの後も回収に向かわなければならないので」
「ええ、練習に参加してくれるわけじゃないの?」

 朔間先輩の手をはね除けて「うっせえ逃がさねえからな!」と晃牙くんが手を伸ばし羽風先輩の手首を掴む。彼から苦言が出るより先に思い切り引っ張り羽風先輩を軽音部室の中へと引きずり込む。
 倒れるように引きずられる羽風先輩を見つめながら朔間先輩とアドニスくんは顔を見合わせて肩を揺らし小さく笑う。その微笑ましい光景に私もクスリと笑いを零せば、朔間先輩の向こうから「いいから早く練習すっぞ!」と大声が聞こえた。

「ああすまん、嬢ちゃん、ではまた連絡する」
「気にしないでください、アドニスくんも練習頑張って」
「ああ、お前も気をつけて」

 閉じられたドアに、真新しい靴跡が一つ。先ほど発した自分の言葉が、こびりつくように脳内に響く。

「(だってほら、そういう好きじゃ、ないし)」

 付き合っていない。付き合う理由もない。だって相手はアイドルだもの。そういう感情は、持たない、大丈夫。
 深呼吸して逃げるように軽音部室を後にした。後ろめたい気持ちだろうか、ちりりと心が痛い。

 気のせいであれと、心の中で何度も祈った。

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