嘘つきは誰だ_12

 土曜ということもあり、駅は人でごった返していた。午後四時。薄らと夕焼けの影が見える頃合い。コートをはためかす人々を視線で追っていると、帽子を目深に被って近づく影が、一つ。そちらをみれば、それはは人波を縫うように進み私の隣に立ち止まった。
 帽子のツバを少し上げて「おまたせ」と口にする羽風先輩の顔は硬い。挨拶もそこそこに「行こうか」と彼は歩き出した。置いて行かれないように私も彼の背中を追いかける。

 会ってない期間なんて少なかったのに、随分と久しぶりに彼の姿を見た気がする。会いたかった。そんな気持ちが気泡のように心に浮かぶ。繋がれない手が、いつもより開く距離が悲しく感じられたけれど、それでも会えてよかったなと、大きな背中を見て思った。

 以前彼が話していた喫茶店は駅からほど近い場所にあるらしい。大通りから脇道に入り、人通りが少なく街路樹が悠々と枝を広げる道を歩く。先輩はこちらを振り返ることなく、話しかけることもなくただまっすぐに前を見て歩く。
 私もそんな背中ばかり見ていたので、足元にある段差に気がつくことができなかった。足を踏み出そうと持ち上げたつま先に引っかかる感触。まずい、と思った時には遅く、もつれるがまま私は地面に倒れこんだ。鈍い痛みが肘と膝こぞうに響く。
 痛みよりも恥ずかしさのほうが勝っていて、人通りが少なくてよかったと思い上半身を起こせば、遠くにいたはずの先輩が目の前に立っていた。なぜか息を切らして、辛そうな表情を浮かべた先輩は私をかき抱くように胸へと誘った。想像以上に厚い胸から、早鐘のようになる心臓の音が聞こえる。私の名前を呟きながら抱きしめるその大げさな態度に「羽風先輩?」と呼べば先輩は腕の力を緩めて私を見下ろした。泣きそうなその瞳に、胸が締め付けられる。

「……ごめん」
「大丈夫です……あと、こけたことも大丈夫です……」
「そっかよかった」

 私の脇の下を掴み、まるで持ち上げるように立たせてくれた先輩はしゃがみこみ洋服についた砂埃を払ってくれた。ぼそりとひとりごちるように「君が倒れた日のことを思い出した」と呟くので、思わず「倒れた?」と聞き返してしまう。

「……今日、全部話すよ。おそらく朔間さんからいろいろ聞いてると思うけど」

 いろいろ、とまでは聞いてないなと思いながら「先輩が嘘をついていることは聞きました」とだけ言えば羽風先輩は「そっか」と悲しそうに笑った。そして立ち上がって手を差し出す。

「手、つないでいい?」

 いつもは問答無用につなぐくせに、しおらしい物言いに私は黙って手を重ねる。羽風先輩は優しく微笑むとその手を握り返して先ほどよりもゆっくりとした歩調で歩き出した。


 やはり休日だからだろうか、喫茶店に入ると席を埋め尽くすお客さんの数に圧倒されてしまった。噂には聞いていたけれど、これほど人気なのか。唖然と見つめる私の手を引いて、先輩は紙に名前と人数を書き込む。「禁煙でいい?」と尋ねる彼に頷けば、先輩は禁煙席に丸をつけた。ほどなくして店員さんがやってきて紙と私たちを見比べて席へと案内してくれた。幸いなことに店の一番奥の席が空いていたらしい。窓際ではないけれど、パーティションが席を隠してくれているので、人目をきにする必要はなさそうだ。
 店員さんがお冷とメニューをおいて、忙しなくまた店内へと戻っていく。ひらひらと視界に残るリボンを見つめながら「忙しそうですね」と呟けば、ようやく帽子を外した先輩は「休日だからね」と笑った。

「転んだときに怪我とかしてない?」
「大丈夫です、血も出てないみたいですし」
「そっかよかった……」

 先輩はメニューを私の方が正位置になるようにして机の真ん中で開いた。期間限定!と銘打たれた1コーナーには赤を基調としたパフェがずらりと並んでいた。おそらく目玉商品なのだろう、真ん中に座している一際豪華なパフェには砂糖菓子であろうサンタクロースがホイップクリームの山に腰掛けてウィンクをしていた。「それにする?」と先輩がサンタクロースを指差す。「そうですね」と右下の値段をみれば、おおよそ可愛くない値段をしていたので、その脇のケーキを指差して「これにします」と言えば羽風先輩は笑った。

「パフェぐらい奢れる程度には稼いでるからさ、真ん中のにしなよ」
「え、自分の分は自分で払いますよ?」
「いや、奢らせてほしいな。嘘ついてたお詫び、といったら軽いかもしれないけど……飲み物はどうする?」
「じゃあ、紅茶で」

 先輩は満足そうに微笑み店員さんを呼ぶとパフェを二つとコーヒー、そして紅茶を頼む。注文を聞いて早歩きで去っていくその後ろ姿を見つめながら「今の子可愛かったね」なんてぼそり呟くので「先輩って女好きなんですね」と眉を寄せれば「そうかな、でも一番好きなのは君のことだけどね」と笑った。
 調子を戻してきた先輩の軽口に私は微笑み「私も先輩のこと好きですけどね」と軽い調子で返せば「えっ?!」と心底驚いたように先輩は声を漏らして恥ずかしそうに口元を押さえた。

「……続きは、パフェが来てからにしようか」

 想定以上の反応が返ってきて、私まで恥ずかしくなってきた。なんとなく先輩と対面に座ってることすら恥ずかしく思えて目線を外に投げながら「そうですね」とだけつぶやいた。

←11  |top|  →13