嘘つきは誰だ_13

 砂糖菓子だと思っていたサンタクロースはチョコ菓子で出来ていた。真っ先にそれを口に含む私に羽風先輩は笑って「俺のもあげるよ」と生クリームの山にちょこんとそれを置く。「美味しいですし、綺麗だから食べたほうがいいですよ」と生クリームの頂点をすくうようにスプーンに乗せ差し出すと、羽風先輩は少しうろたえたように目を泳がせた。彼が勘違いしていることに気がついて、慌てて彼のパフェにそれを載せようとすれば、先輩は手首を掴んで大きく口を開ける。彼がスプーンを口に含めると、重みでほんの少しスプーンが揺れた。手を離して、スプーンから口を離し、照れ臭そうに先輩は私から目線を外す。奥まった席なのが幸いして、大胆な先ほどの行動はどうやら誰にも見られていないようだ。いや、誰にも見られていないからといって良いわけではないけれど。照れを紛らわすようにせわしなくパフェを口にすれば、先輩は「間接キスだね」と悪戯に笑った。

「……さて、どこから話をしようか」

 パフェが半分ほどなくなった頃、先輩がスプーンをソーサーに立てかける。一口紅茶をすすって「できれば最初から」と口にすれば、先輩は目を伏せて机の上で両手を組んだ。心なしか震えているその手に「話しにくいなら別に」と口にすれば、彼はすぐさま首を横に振る。

「大丈夫だよ。……あのね、君が記憶をなくしたのは、俺が原因なんだ」
「……え?」
「あの日はちょうどUNDEADのレッスンの日で、俺は気が向かなくて行かなくてね。そしたら君が俺を呼びに来たんだ。いつもみたいに、先輩行きますよって。きてくれたのは嬉しかったけど、どうしてもその日は出向く気になれなくて、俺は君から逃げたんだ」
「逃げた」
「逃げたって言っても全速力で走ったわけじゃなくてね、ずるい話だけど君が追いつきそうで追いつかないような速度で、今日は行かない、って言いながらさ。付いてきてくれるのは知ってたからこのまま町の方まで連れ出してお茶でも、とも思って」

 先輩は言葉を切る。力を入れているのだろう。先輩のつま先が白く変色している。手を伸ばしてそれに触れれば、先輩は私の手を絡みとるように掴み、優しく両手で包む。

「気付いてあげればよかった。いつもよりも歩くのが遅いなとか覇気がないなとか、気がつこうと思えば気付けてあげたのに、頭の中はどこへ行こうか、それでいっぱいだったんだ。随分と歩かせた後で、君が倒れる音が聞こえた。抱き起こしても呼びかけても反応がなくて」
「それで、病院に?」
「うん、とりあえず保健室に連れて行って、朔間さんたちを呼んで、そのまま病院に行って……すぐに目が覚めたけど君には記憶がなかった」
「……ですね」
「今度こそ守ってあげなくちゃと思ったんだ。無理をしないように、支えになれるように……でも、ダメだった。一緒にいたいのは本当だけど、君が無邪気に俺の嘘を信じてくれて、心がつぶれそうだった」

 そう言うと、先輩は俯いた。暫くの沈黙の後、ぽつり、ぽつりと机の上に雫が落ちる。包まれている手を解き、腰を浮かして彼の頭を撫でてやると「ダメだよ、勘違いしちゃう」と弱々しい言葉が聞こえた。「ダメじゃないですよ」と彼の頭から手を離して今度は私が先輩の両手を握った。

「先輩は自分のせいだって言いますけど、聞いた限りだと体調管理が出来てない私のせいだと思いますよ、むしろ倒れて適切な処置をしてくれたから、記憶をなくすだけに留まったんだと思います……ねえ先輩、今でも私のこと、好きでいてくれるんですか?それとも、好きも嘘ですか?」
「嘘じゃな……」

 慌てて顔を上げた先輩の瞳は、赤く充血していた。泣いてたことを思い出したのか恥ずかしそうに鼻下を指で覆うので、バックからハンカチを差し出す。小さな声で「ありがと」と彼は言い、ハンカチで涙を拭った。

「……先輩が入院中にずっと通ってくれてたのも、退院後もずっと気にしてくれてたことも嬉しかったんです、それは私にとって本当だから。先輩が責任感からずっとそうしてくれてた、とか、一緒にいたら重荷になる、とかならもう忘れてほしいんですけど、好意から一緒にいてくれたなら……その……」

 随分とわがままを言っているような気がして恥ずかしくなり言葉を切る。先輩は瞳に涙を湛えながらじっとこちらを見つめる。瞬きでまぶたに押された涙が頬を伝う。それでも拭うこともせずにただただ言葉を待つ先輩を見て、私は姿勢を正した。

「……嘘から始まっただけじゃないですか、私は結構前から羽風先輩のこと好きでしたよ……そういうのって、ダメですか」
「……だめじゃ、ないよ」

 ぽたりぽたりとまた涙が落ちる。「先輩泣きすぎ」と私が笑えば、羽風先輩は微笑んで「格好つかないなあ」とぐすりと鼻を鳴らした。そして涙をハンカチで拭うと「うん」と小さく笑った。いつもの柔らかい笑みを浮かべて「好き、一緒にいて」と笑う。心に流れる暖かな気持ちのまま私も笑って「私も好きです、先輩」と口にした。

 きっとこれは、私が『私』のままであったなら至らなかった結末だと思う。だからもしかしてこの先私が記憶を取り戻して『私』に戻ったときに後悔したりもするかもしれない。でももしかしたら、もしかすると。

『知っておったよ、ずーっと前から、な』

 朔間先輩の言葉がふと頭に蘇る。もしかしたら『私』も羽風先輩のことが好きだったのかもしれない。そう思いたいだけかもしれないけれど。少なくとも今、この胸に灯る気持ちは嘘ではなくて、そしてこの先もずっと続けばいいと思う願いだって、嘘ではない。

 涙が止まった先輩はぐすりと鼻を鳴らして、まだまだ残っているパフェを見て「食べよっか」と笑った。私も頷き長いスプーンを容器に差し込む。生クリームを纏ったコーンフレークがスプーンを動かすたびにしゃくしゃくと音を立てる。掬い、口にして、甘さに顔を綻ばせて「美味しいですね」と呟けば「うん美味しい、ずっと君と来たかったんだよ」と羽風先輩は微笑んだ。

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