嘘つきは誰だ_09

 羽風先輩からの連絡の頻度が下がったのは、おそらくあの日からだったと思う。数日おきだった『数日』が、回数を重ねるごとに膨らんでくる。もともと用事があるわけでもない、他愛もない話ばかりしていたから、いつかはこんな日が来るのだろうとは思っていたけれど。

 これでよかったのかもしれないと思う自分と、悲しがる自分が心の中に住み着く。一人きりになるとそれらが交互に顔を出すから、反省したり、冷静に理解しようとしてみたりと毎日が忙しい。もはや手癖になってしまった「新着メッセージの受信」は今日も今日とて「最新情報はありません」、だ。ベッドに携帯を投げ捨ててそのまま雪崩れるように私もベッドに身を投げれば、傍にあった本棚が揺れて本を落とした。腕を伸ばしそれをとれば、あの頃、入院していた頃に羽風先輩に貸した本だということに気がついた。

 どうせメッセージもこないし、と何気なくページをめくる。読み込むつもりはなかったけれど、手持ち無沙汰だったこともあり、一枚、また一枚と私は気がついたら夢中になってそれを読んでいた。斜に構えて読んでいたあの日よりもずっと面白く感じたその本に、ふとお気に入りの文章を見つけて指先がページの右上隅に伸びる。引っ掛けるように指先でページを曲げれば、思いの外簡単に折れてしまった。よくよく見ればもうすでに跡が付いている。私は目を瞬かせたあと、しばらく考えて本を閉じた。

「(私はもしかしたら、『私』に近づいているのかもしれない)」

 そうなることは目が覚めた頃からなんとなく予想していた。「急に全てを思い出す可能性もあれば、折々に少しずつ思い出していくこともある」と退院の日にお医者さんに言われた言葉が蘇る。思い出すというよりは過去をなぞるというほうがしっくりくるのだろうけれど。もう読む気になれなくなった本を閉じて枕元の向こうへとそれを追いやった。

 怖いと思った。私が、私でない『私』になることが、漠然と、怖いと思った。もしも私が『私』に戻ったらどう思うのだろうか。この羽風先輩への気持ちは『プロデューサー』の肩書きの前に消えてしまうのだろうか。

 それなら仕方ないと、心の中で誰かが囁いた。それはきっと『私』の声に違いないと、私は思った。

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