あしたのはなしをしよう。_08

 家に帰って一目散にお風呂に入った私は入念に体を洗いながらぼんやりとここ三日間のことを思い出していた。彼が『戻った』月曜日。彼と過ごした火曜日。そして今日。
 好きでいていいと言ってくれたアドニスくん、好きになれなくてもいいと言ってくれた晃牙くん。きっとどちらも正しいことを言っているのだと思う。もともと付き合っている訳でもなかったし、たとえこんなことが起こらなかったとしても、恋は冷めるときは冷めるし、燃え上がるときは燃え上がるのだ。

『あの人だって吸血鬼ヤローだって、同じ『朔間零』であることは忘れんなよ』

 晃牙くんの言葉が蘇る。わかっていたことだし、理解しようとしていた事柄ではあるのだけれど、人から言われると想像以上に心に響いた。彼だって、朔間零なのだ。
 湯船に体を沈めれば、暖かなお湯が優しく肌を包んだ。ヘリにもたれかかり足を抱くようにして座りこめば、ぽっかり膝小僧が頭を出す。ほんの少しだけ足を伸ばして膝小僧を沈めて、深く息を吐いた。
 もしかしたらあの一年過ごした先輩はもう戻らないかもしれない。だから嫌だと遠ざける訳ではなくて、もう一年、一緒にいるような覚悟でそばにいたいと思った。それは彼が許してくれたら、という前提が伴うのだけれど、少なくとも『彼』にとって私はまだ出会って三日目の見知らぬ人なのだから跳ね除けられたら粛々とそれは受け止めよう。でも、そばに置いてくれるならできる限り、彼のそばにいたい。

 でも、もう一ヶ月もないんだよね。

 抗えない事実にぼろりと涙が溢れる。急く気持ちを落ち着けるように足を抱けば、またぽこりと膝小僧が顔を出す。前かがみになり、それに額を寄せて私は声を押し殺して 泣いた。

 もう一ヶ月しかないからこそ余計にそばにいたい。でも報われるだとか、そういう思いは心の奥底に沈めておこう。もともと伝える予定のない気持ちだったのだから大丈夫。彼にも気を遣わせないようにそのことは伝えなくちゃ。

 でも今は一人だから、一人だから少しだけ。少しだけ。

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