炭酸少年_02
「率直な感想を教えて欲しい、お前の目から見て俺達はどう映っている?」
「……チグハグですね」
「そうか、チグハグか」
守沢先輩は私の一言に嫌な顔を一つせずに、それどころか笑顔一つ零して私を見下ろした。
まだ桜も散っていない校庭には、時折、ひらりひらりと花びらが身を翻しながら春の空気を泳いでいた。冬の寒さは緩み、優しい温度が蔓延している。春が一歩一歩芽吹くこの季節、新学期という一つの節目を迎えた学院はにわかに活気づいていた。所かしこに楽しそうな声が上がるのは少し前に起こった「革命」のおかげだろうか。それともそもそも、この学院自体が陽気な場所なのだろうか。転入したての私にはまだ判断はできない。
まだ着慣れない硬いブレザーは私の身を恐々と包んでいた。馴染めないその感覚に腕をさすれば「寒いのか?」と先輩が尋ねてくる。首を横に振れば彼は快活に笑い「そうか!」とよく通る声を出した。突き抜けていきそうなくらい曇りのないその声は私を通り越して大きく響き渡った。
「いやしかし、今聞けてよかった。まだお前も転入して間もないからな、その、なんというか目が曇る前に聞いておきたくて」
「曇る?」
「ああ、情が湧いたり見慣れたりすると段々一般的な視点からは外れるだろう?悪いことではないが、聞きたいのはそうじゃないからな」
そう言うと先輩は練習室の片隅で固まっている一年生トリオに目をやった。制服姿のまま3人は床に置いた譜面とそれぞれ背を向けてにらめっこしていた。一人はペンを手に取り、一人は睨み付けるように目で追い、そして一人は指でなぞりながら。それぞれが思い思いのやり方で楽譜と向き合っているが、その間に会話はない。会話どころか、視線すらかち合わない。
隣に立っていた先輩がぼそりとまた「チグハグか」と言葉を落とす。もしかして失言だったのだろうか。しかし率直な意見としては、やはり今の彼らはどこか寄せ集めのようなチグハグ感がぬぐえなかった。勿論まだ四月になったばかりで、チグハグしているのは当たり前の話なのかもしれないけれど。
持っているバインダーに挟まれた資料には「流星隊の歴史」そして「現在のメンバーのプロフィール」がしかりと挟まれていた。何気なく挟まる紙を数枚めくれば、睨むような顔写真の隣に「南雲鉄虎」の力強い文字が鎮座していた。前を見れば、腑に落ちないような表情を隠しもせず、それでも熱心に譜面を追いかけている南雲くんの姿が見えた。
書類に影が落ち、見上げれば、守沢先輩は資料をのぞき込みながら「南雲か」と言葉を落とす。
「流星隊の、黒色、でしたっけ」
私が言えば彼は大きく頷いて「黒い炎は努力の証、泥で汚れた燃える闘魂」と呟く。私が守沢先輩を見上げれば「南雲の口上だ」と先輩は照れくさそうに笑った。
なるほど、戦隊物の黒といえば暗躍、だとか強い味方、だとかそういう先入観があったが、その口上なら彼が黒というのには納得だ。睨むに近い表情で譜面を見つめている南雲くんを見てくすりと笑えば、先輩は不思議そうに首を傾げて私を見下ろした。
「会うのは初めてだったか」
「見かけたことは何度か……龍王戦とか、あと廊下でもちょこちょこと」
「ほう」
「目に留まりやすいんですよ、赤メッシュ」
私が前髪に指先を滑らせると「確かにな」と先輩は笑った。その声に気がついたのか、南雲くんが譜面から顔を上げてこちらを見上げた。注がれていた視線に気が付き、彼は慌てて姿勢を正し頭を下げる。その所作に、ああこういう子なのだと、心の中にすとんと彼の人となりのかけらが落ちてきた。
私が会釈を返せば守沢先輩はちょいちょいと手招きをする。南雲くんは譜面を見て、私たちを見て、そしてほかの一年生のふたりを見てーー1年生コンビも気がついていたようだが露骨に顔をそらされたあたり見て見ぬふりを決め込むつもりだろうーーそして立ち上がった。
駆け足でこちらへとやってくる彼に、そんなつもりもなかった私は慌てて先輩を見上げる。が、彼はやはり笑うだけ。
「隊長、なんか用ッスか?……えっと、転校生さん?」
彼の一言に驚いて、思わず私は目を瞬かせた。確かに転校生に違いないが、他学年にそう称されると違和感が勝る。私の動揺に気がついたのか、南雲くんは丸い目をさらに丸くしながら、不思議そうにじいとこちらを見つめてきた。
「どうしたんッスか?」
「あ、いや、違う学年の子から言われると不思議な気持ちになって」
「あ!すいません!失礼だったッスね!」
「ああ、いいんです、名乗ってなかったし、転校生には違いないし」
私が名前を告げて深々と頭を下げると南雲くんも慌てたように頭を下げてくれた。そして勢いよく顔を上げると「俺は南雲鉄虎ッス!」と、まるで守沢先輩の笑い声のように大きな声を上げて名を告げてくれた。手にしていたバインダーに挟まれた彼の文字を見てくすりと笑う。手書きの文字は人を表すというが、まさにその通りだった。
「南雲くん」
「押忍!宜しくお願いします!」
「1年の中で、一番元気があるやつなんだ」
腕を組み笑う守沢先輩に南雲くんは照れたように顔を背けた。きっと逸らした時に視界に入ったのだろう、鉄虎くんはそのまま一年生の二人に目を向けた。遠くに見えるふたりの詳しい様子はわからないが、どうやら気になっているのだろう。チラチラとこちらに目線を向けているようだ。
「あの2人は追々な、それに今日は奏汰もいない。ちゃんとした紹介はまた日を改めてお願いしたい」
「こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございます、まだ右も左も分からなくて」
「最初はそんなものだろう、なあ南雲」
急に話を振られて驚いたのか、それとも条件反射か。素早くこちらに顔を向ければ、南雲くんは「そうッスね!」と首を縦に振った。その仕草が可愛くて「ちゃんと聞いてました?」と冗談めかしに笑えば、南雲くんは照れくさそうに頬を掻きながら「ん、秘密ッス」とはにかんだ。
随分と可愛らしい子だと思った。可愛らしい、と称するときっと怒られるのだろうが、とても愛らしい子だと思った。
さわさわと、春の穏やかな風に乗って彼の髪が揺れる。黒と赤色が小刻みに揺れる。同じくらい新品なブレザーを身に纏いながら私たちは顔を見合わせて、そしてはにかんだ。