爪先ロマンス_02

 不審者が学校付近に出没する、という噂を聞いたのはそれから数日経った日の事だった。移動教室に向かう私を椚先生が呼び止めて、「女性なのだから気をつけなさい」と教えてくれたのだ。女性、なんて聞きなれない言葉に照れ笑いを浮かべていると「真面目に聞いているのですか」と鋭い声が飛んでくる。忠告は嬉しいけれど『不審者』なんてどこか他人事のような響きに、ふうん、としか思えなかった。だって不審者がでるから仕事が減るわけじゃない。帰宅が早くなるわけでもない。「ありがとうございます」と私が返答すると先生は呆れたようにため息を吐いて首を横に振るった。

「貴女が言いたいことはわかります……早く帰れないなら誰かと帰るなり対策を講じてくださいね」

 ふと、先日のアドニスくんが思い浮かんで、私は首を縦に振った。ヒーローは助けてと呼んだら来てくれるだろうか。いやでも奇跡は二度も起きないか。去っていく椚先生の後ろ姿を見つめながら、今日の仕事をぼんやりと思い出す。そういえばUNDEADのレッスンが入っていたが今日は全員揃うのだろうか。流星隊から先日のライブのアンケートも回収しなければいけない。生徒会には書類を提出して、あ、そうだ私移動教室だったんだ。

 もうチャイムが鳴る間際の時間に差し迫っていたので、わたしは思慮をそこそこに廊下を早歩きで駆け抜けた。そういえば小テスト。そういえば衣装の原案。そういえば物販の発注。たくさんの『そういえば』にまみれて『不審者』なんて単語は頭の片隅に追いやられてしまった。

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