チョコレイトはスペードの形_02
数日後、性懲りも無くスノードームを作ってしまった私は、考えあぐねいた末、三年の教室へと足を運んだ。三年生は来る卒業式が楽しみになのか、いつもよりも浮き足立ち、少しだけ騒がしい。まだユニットの引き継ぎが残っている先輩方はばたばたと走り回り、将来の道が決まっている先輩たちは切磋琢磨と自分を磨く。そんな人たちの間を縫うように3年B組の扉へ向かって歩いていく。たどり着いた教室の扉から顔を覗かせると、ちょうど居眠りをしていたのだろう、机から顔を上げた朔間先輩とがっちり視線がかち合ってしまった。彼は私の姿を捉えると眠気眼をこすりながら、ゆるく手首を振り私を呼ぶ。こういうところ、ちょっと凛月くんに似ている。頭の中で居眠り王子の顔を思い浮かべながら、そろそろと教室の中へと入っていった。
「今日もいい匂いがするのう、嬢ちゃんのにおいじゃ」
私が先輩の机へ歩み寄るなり、彼はそう言いながらへらりと表情を崩してきた。私が肩をすくめながら、セクハラですよ、と言うと朔間先輩は嬉しそうに目を細めて笑った。
「そうむくれるでない……で、今日も「引き継ぎ」の件かえ?」
あいつを訪ねにいくなら俺たちをダシに使えよと、言い出したのは晃牙くんだったか。ユニットの引き継ぎーー例えば衣装の発注元だとか、ユニット楽曲の著作権だとか、いつもライブでお世話になっている業者だとか。そういうことをまとめるために会いに来たっていえば通じるだろ、なんて会いに行くにはぴったりすぎる提案に私も、側で聞いていたアドニスくんも目を丸くして晃牙くんを見つめたのは記憶に新しい。天才かよ、と呟く私と、大神は賢かったんだな、と驚嘆の声を漏らすアドニスくんに対して、晃牙くんは自慢げに鼻を鳴らしながら、俺様を誰だと思ってんだよ、と鼻高々に笑みを浮かべていたっけ。
きっと私の言葉を素直に信じてくれているのだろう。先輩の口から飛び出た引き継ぎの言葉に、少しだけ心を痛めながら私は頷く。先輩、いつも騙してごめんなさい。でも、理由がないとここには来れないから。
「なんだか、いつもすいません」
「気にするでない、我輩も嬢ちゃんとこうして残り少ない時間を過ごせるのは役得とおもっているんじゃから」
残り少ない時間。ぎしりと心が軋みを上げるのを悟られないように、私は笑顔を浮かべて、ありがとうございます、と一言述べた。多分もう彼と会えるのは両手で数えられる程しかないのだろう。カバンの中にしまってある小箱が、かたりと音を立てる。その音を知らんぷりしながら持ってきた資料を彼の机の前に広げて、ペンを走らせた。伝えたい。伝えたくない。知られたい。知られたくない。板挟みの心がぎりぎりと締め上げられる。助けてほしい。彼の笑顔を模倣するように私も顔に笑顔を貼り付けながら心の中で必死に叫ぶ。ねえ先輩やだよ、卒業しちゃ、やだよ。