私の大好きなアイドル_02

 今日も軽音部には軽快な音楽が響く。二巡目の季節を過ごす「UNDEAD」は去年に比べ驚くほど高い頻度でユニット練習に勤しんでいた。いや、去年は先輩が不真面目だっただけで思い返すと二年生だったこの二人はいつも真面目に練習に挑んでいた気がする。新生UNDEADは四月も残り少なくなった今になっても、新入生が入る雰囲気はない。希望者はそこそこいることは知っているし、晃牙くんとアドニスくんがーーできるだけ温厚にーー面談をしているのは知ってはいるのだが、お眼鏡にかなう人がいないのだろう。私は一度も三人目以降の新生UNDEADメンバーを見たことがない。まあ二人でやっているユニットもあるし、同学年だけで組んでいるユニットだって、珍しいわけではない。その上実力に裏打ちされている二人だから、別段心配はしていないのだけれど。

 今日も例に漏れず、晃牙くんとアドニスくんは真面目に練習に取り組んでいた。譜面をみながらああじゃないこうじゃない、と言いながら楽器を鳴らし、声を震わせている。私はその後ろで持ってきた仕事の資料を再度目を通しながら、ようやく輪郭が見えてきた新曲のメロディーに耳をそばだてていた。四人から二人になってしまったから、どうやら迫力が足りないらしい。大声を張り上げるか。いや楽器の音で迫力を出すか。いっそのこと客席にダイブでもかますか。じゃあ俺が大神を投げる。投げられた俺は客席に降り立ってギターを鳴らす……ってなんでだよ!コードに絡まるだろうが!

「アイドルやめて漫才師にでもなれば?」

 二人のやりとりに笑いながらそう言うと、晃牙くんは一度鼻を鳴らして、

「俺様の美声は歌声でこそ映えるんだよ」

 と傲慢に笑みを浮かべた。アドニスくんも神妙な顔で頷き、俺もあまりトークは得意ではないから、と言葉を漏らす。私はそんな二人を見て、いいと思うんだけどなあ、と笑みをこぼす。こうして彼らと練習の合間に軽口を叩くのは割合好きな時間だ。

 四月になり正式にプロデュース科が出来てからは、以前のように全ユニットを見て回る必要もなくなった。負担が減った、といえば嘘になるかもしれないが、全てを見る必要もなくなったので気持ちは幾分と楽になった。裁縫の上手な子、スケジュールを立てるのに秀でている子、造形に詳しくステージの設計図をなぞるように描いてしまう子。私の焼き付け刃の知識では到底叶わないような子たちが、新期生にわんさかいる。先生たちも生徒の得意な箇所を伸ばしたいのか仕事は優先的にそういう子たちに回すようになった。なので必然的に私はユニット練習の監督を務めることが多くなった。基本的には色々なユニットを見て回るのだが、大抵誰かしらプロデュース科の子たちがいるので、軽く言葉を交わし、幾度かアドバイスをする程度に抑えている。が、しかし、なぜだかこの新生UNDEADだけは、プロデュース科の子たちが寄り付かない。大きな原因は、これだ。

「だああああ!だからそうじゃねえつってんだろ!ここはもっとこう!!メリハリをだな!!!」
「めりはり……?大神、なんだそれは」
「あああああ!面倒くせえ!だから、ここはでかく!小さく!で、どーん!だ!!」

 晃牙くんは苛立たしく楽譜ごと机を叩きながらアドニスくんに声を荒らげる。アドニスくんはどこ吹く風、どーんか、と晃牙くんの言葉をなぞりながら何度も頷く。
 そう、これだ。騒音。うるさいだけではない、机を叩いたりだとか、地団駄を踏んだりだとか、とにかく、粗暴なのだ。一年間彼らと過ごしてきた私は問題ないのだが、新期生たちは怯えてなかなか近寄ろうとはしない。まあ、それでもいいのかもしれない。先生たちの間では1ユニットに専属プロデューサーをつけてもいいんじゃないか、という話も出ているくらいだ。公私混同をしているのは自覚がある、が、私はできれば卒業まで、このユニットに寄り添いたかった。彼が所属し、彼が愛したこの、UNDEADに。

「なにぼうっとしてんだよ」

 バインダーが私の頭上に振り下ろされる。痛い!と小さく悲鳴をあげると油断大敵だばあか、と晃牙くんはにやりと笑った。三年生になっても変わらないこの子供っぽさはどうにもならないのか。じろりと睨み付けると、アドニスくんが眉間にシワがよってるぞ、と笑った。

「しっかりしてくれよプロデューサーさんよお、俺たちの活躍はお前の手腕にかかってんだからな」
「わかってます!だから仕事持ってきました!」
「いつもありがとう、助かる」

 俺たちはこういうことが苦手で、とアドニスくんが苦笑する。彼は去年の一年を経て大分表情豊かになったのはきっと、気のせいではないだろう。いい笑顔するようになったね、と私が笑うと、アドニスくんはやはり満面な笑みを浮かべて、お前のおかげだ、と言ってくれた。

「UNDEADの栄光は二枚看板のおかげ、なんて私も言われたくないからね、期待してるよ二人ともー?」
「はん!当たり前だろ、俺様をなんだと思ってやがる、なあアドニス!」
「勿論だ、UNDEADを遺物にはさせない。俺たちは、死なない」

 二人とも力強く頷いて、がっちりと手を組んだ。彼らの目に宿る炎に、私の胸も自然と熱くなる。朔間先輩と、羽風先輩の血潮は確かにここに流れているのだ。彼らが育てた後輩が、ユニットを守っている。死なない、殺させない。本当は贔屓なんてしちゃダメなんだろうけど、私だって彼らを守りたい。守りたいのだ。

 晃牙くんが新しいライブの仕事の要項が書かれた書類を見て、にやりと口の端を上げた。そしてまるで独り言のようにーーしかしながらそれにしては大声でーーいつか俺たちもでかい会場でライブやりてえなあ、と言葉を口にした。それは講堂ということか?とアドニスくんが首をかしげる。その言葉に呆れたように晃牙くんは首を振って、ちげえよ学外だよ、と肩をすくめた。

「でけえとこでライブやってよ、力つけてよ、卒業して、のうのうとアイドルやってるあいつらにおいついて」

 のうのうとはやってないと思うけど、と思わず口を挟んでしまいたい言葉を飲み込む。晃牙くんの目には野望の光がぎらぎらと輝いており、水を差すなんて野暮かなと思ってしまったからだ。アドニスくんも晃牙くんの言葉の続きを待つようにじいと彼を見つめる。晃牙くんは書類から顔を上げて、じいと私を見据える。

「いつかお前を、ちゃんと、羽風先輩のところに連れて行かなきゃいけねえもんな」

 晃牙くんの言葉にアドニスくんも力強く頷き、

「そうだな、俺たちが必ず、お前を羽風先輩のところへ連れていく」

 と勝気な笑みを浮かべた。まさか二人がそんなことを思っていたとは知らなくて、私は、なにそれ、と情けない言葉を呟きながら目を瞬かせた。

「俺たちが知らないとでも思っていたのかよ、わっかりやすいんだよお前」
「別にお前が羽風先輩がいたからこのユニットを贔屓にしてくれるとは思ってはいない、だが先輩を想っているのは確かだろう?」
「ま、いろいろ世話になってるからな、少しくらい恩を返してやるんだからありがたく思えよ」

 晃牙くんとアドニスくんの言葉が私の胸を不意に打つ。口を開いたら泣いてしまいそうだから下唇をぎゅっと噛むと、またバインダーが私の頭上に降ってきた。泣くのははええよ。晃牙くんが言う。羽風先輩に会った時にとっておけ、とアドニスくんも言葉を連ねる。

「揃いも揃ってイケメンかよ……」
「何言ってんだ俺様たちがかっこいいのは当たり前だろ」
「たっちゃん……南を甲子園に連れてって……!」
「てめえ人がせっかくいいこと言ってんのに茶化すな!」
「甲子園には連れて行けないが、陸上競技場なら」
「お前もなに真面目に返してんだよ!おら!練習すんぞ!!」

 憤慨しながら楽器の元へもどる晃牙くんを追いかけるアドニスくんはちらりとこちらに目配せをして、

「でも泣きたかったらここなら、いつでも泣いていいからな」

 と優しく笑んだ。そして振り返り晃牙くんの元へと歩み寄る。去年よりも何倍も大きく見える彼らの背中を見て、私は両手を強く握った。

「ありがとね、二人とも」

 ありがとう、ありがとう。どれだけ言っても言い足りない言葉が、このユニットには存在している。過激で背徳的で、そして優しさに包まれているユニット名を、私しか聞こえない程度の声量でぼそりと呟く。

 UNDEADは死なない、殺させない。私も彼らとともに、大切に、守っていくから。だからどうか先輩方は心配しないでください。

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