いつか夜が明けたら迎えに来て_07

 その日も晩ご飯を食べる気力がなくて、マモンが部屋へと送ってくれてからは、ずっとツタの生える壁を見つめていた。昨日同様扉越しに声をかけられるけれども、返事の悪さに気を遣ってくれたのか、気忙しく足音はするけれどかけられる声は、昨日よりもぐんと減っている。
 電気もつけず、ただ薄暗闇の中雨音だけを聞いている。ざあざあと音。隙間に、あの日の彼らの姿や声が、蘇っては消えていく。
 棚に目をやれば、イミテーションの真珠のイヤリングがぼんやりと白く光っていた。そういえばこのイヤリングにも認識の違いがあったんだっけ。ベッドから起き上がりイヤリングを手の上に乗せれば、それは外の光を鈍く反射した。
 このイヤリングだけは私のものだ。過去へ向かうときも持ってきたから、それだけは信じられる。
 だったら『私』のそれはどこへ行ったのだろうか。そもそも存在していたのかもわからない。丁寧に小物入れにイヤリングを返して、弱った身体をベッドへ放る。軋むスプリング。ふわりと浮遊感。跳ねる反動に身を任せつつまぶたを下ろせば、胸がぎゅっと痛んだ。

 暗い部屋の中、D.D.D.が光る。メッセージ受信を知らせるバイブレーションが唸りだす。そろそろと手を伸ばせば、チャット欄にマモンからのメッセージが届いていた。

『こっちくるか?』

 端的なメッセージだった。仕事は終わったのだろうか。首を振るスタンプだけ送れば、すぐに既読のマークが付く。途端に、失敗したなと私は思う。これで駄々をこねられても、相手できる余裕はない。少し様子を見て返事をするべきだったか。液晶をベッドに伏せれば、受信を知らせるバイブレーションがまた、声を上げる。

『わかった』

 ただそれだけだった。少し身構えていた分申し訳なく思い、ごめんねとスタンプを送る。それもすぐに既読がついたが、返事が来ることはなかった。きっと彼なりの気遣いなのだろう。でも、と裏を探ってしまう思考に、疲れを滲ませたため息を吐く。

「(私がここにいるということは、この時間軸の『私』に成り代わってここにいるということで)」

 寝返りを打てば、ひどく身体が疲れていることに気がついた。今日一日何も食べていないけれど、不思議と空腹は襲ってこない。ただただ重苦しい身体と、後悔だけが身体を渦巻いている。

「(私がここを選び取ってしまったということは、あのときのマモンたちは、この時間軸の『私』は――)」

 きつく目を閉じれば、ぬらりとした睡魔が私の身体を包み込んだ。

「(私が全て、殺してしまったということなのだろう)」

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