いつか夜が明けたら迎えに来て_03

 ギリギリ取り繕う笑顔は残っていたけれど、あのあと教室へと向かう前に昼食をすべて吐き出してしまった。妙に甘ったるいクリームも、花の香りがする紅茶も、すべてトイレへと流れていく。だけど鼓動は止まなくて、その後の授業はすべて欠席。トイレから離れられなかった私は、今まで忘れていた自分への嫌悪感と底知れない恐怖感でぐちゃぐちゃだった。
 早々に館へ帰ってきた私は、その後逃げるように自分の部屋へと飛び込んだ。鍵をかけて、息を殺す。メッセージは何件か届いていたけれど、震える指で体調不良と投げたあとは見てはいない。その後も、体調不良を労ってくれたのかみんな扉越しにいくつか言葉を投げてくれたけれど、無理矢理踏み込んでこようだとか、連れ出そうとする輩はいなかった。
 しばらくして「ご飯を置いておくぞ」なんてサタンの声と、しばらくして「キッチンに下げとくね」とのアスモの声と食器の音が聞こえた。少し後にルシファーが「大丈夫なのか」と訪ねてきたが、うつすと悪いからの一点張りで追い返してしまった。声が震えていないか心配だったけれど、弱々しい音に気遣ってくれたのか「そうか、何かあればすぐに呼んでくれ」との一言だけおいて、立ち去ってくれた。

 唯一の現実が今ということは『あの日』はどうなってしまったのだろう。送り出してきてくれたみんな。助けてと、耳にこびりつくベルフェの声。絶対に助けると誓ったのに。
 あの日、扉をくぐらなきゃいけなかったんだ。違う、そもそも私は『私』と会ってはいけなかったのだ。最初に全員と顔を突き合わしたのは悪手だったとしても、そこから挽回の余地はあった。何があっても逃げるべきだった。

――たとえ、この世界の『私』を殺してでも?

 むかつきが胸から離れない。洗面台に駆け寄っても、えずくことしかできない。震える手でグラスをつかんで水を飲めば、控えめなノックの音が響く。

「いちおーなんだ。食いやすいもん作ったけど、はいるか?」

 マモンの声に、ぞくりと背筋が凍る。彼の声越しに、煙となり消えた『私』の影が見えた気がしたからだ。ここにいるべきではないこと、でも帰る世界がどこにもないこと。
 祈るような神もいないのに、その場にへたり込んでしまった私は両手を組み、強く目を瞑る。息を殺すように呟いた「かみさま……」の声。何も知らない扉の向こうの悪魔は「まあ食えるなら食っとけよ」なんて随分優しい声を落として、部屋の前から去って行った。

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