星に願いを_23

 まだ朝に満たない道を、私と晃牙くん、そしてレオンは歩いていた。ようやく頭を出した太陽が街に新しい光を注ぐけれど、まだほんのりと辺りは薄暗い。しかしそんな道も先導をきるようにレオンは果敢に歩いて行くし、晃牙くんは道を逸れる彼を上手に誘導して歩き続ける。夜中に冷やされた空気が頬を叩いた。「まだ寒いね」と口にすれば「そうだな」と彼は笑う。レオンは鼻をひくつかせてその空気を嗅いで、大きくあくびを浮かべた。そうかまだきみも眠いんだね。私は笑い、彼らの後ろを歩く。

 なんだか不思議な気分で、まだ夢じゃないか、なんて疑いは晴れない。何度も繰り返してきた呪いが、こうも簡単に解けるなんて。いや、簡単でも無かったけれど。
 見上げればまだ薄く星は輝いていた。手を伸ばしても、到底届かない。

「なあ」
「なあに」
「お前結局、誰が好きだったんだよ」
「えー? なんのこと?」

 晃牙くんがふて腐れたように舌打ちをする。「マジで朔間先輩だったんじゃねえのかよ」と口惜しそうに言葉を落とすので「違うよ」と私は笑った。

「でも今ここで晃牙くん、って言っても信じないでしょ?」
「信じねえな」
「だよね……でも、私、好きじゃない人とは寝ないけどね」

 真っ赤な顔をして振り返る彼の顔に「添い寝の話だからね?」と笑えば晃牙くんは力一杯私の頭を叩いた。

 スーツに身を包み、駅へと向かう人々。草臥れた身体を引きずって家路へと帰っていく人々。いろいろな人とすれ違いながら、晃牙くんは私の家の前で立ち止まった。見上げれば、まだどの部屋にも電気は付いていない。時計を見れば午前六時前。この時間なら、母親が起きてくる時間だろう。

「……ありがと、送ってもらっちゃった」
「気にすんな。お前朔間先輩にも連絡しておけよ」
「うん、そうだね」

 小さく笑えば晃牙くんが私の頭を掻き撫でた。ボサボサだった頭が、更に荒れ狂う。それでも嬉しくて、手櫛で髪を整えた私はそのまま晃牙くんに向かって頭を下げる。「本当にありがとう」と、言葉を添えて。
 晃牙くんはそんな私の後頭部を軽く小突いた。顔を上げれば「ばあか」と笑う彼の顔があって、眉を寄せれば波打つそこに容赦なくデコピンが飛んでくる。

「いった」
「早く帰れ。で、起きたら連絡しろ」
「生きてるよーって?」
「言ってろ」

 そう言うと彼は歩き出した。レオンも私を振り返りひとつ声をあげると、晃牙くんとともに歩き出す。ありがとう、本当に。何度言っても足りないくらいだ。
 感謝を胸に門を押し開ければ、軋む音とともにそれは開く。鍵を回して扉を開ければ薄暗い廊下が視界に入った。そして少しして、両親の寝室から母親が顔を出す。母親は驚いたように私を見て首を傾げた。

「どこへ行ってたの?」
「友達の犬の散歩の付き添い」
「そう」

 そして大きなあくびを浮かべて「朝ご飯つくるね」とスリッパを履き廊下を歩く。見慣れたその背中を見つめながら、どこへ行ってたの、と母親の声を反復する。

 随分と『旅』をした気がする。ここへたどり着くために、遠回りもしたし、近道をしようともしたし、全うに道を進もうとも試みた。それでも一人では全てだめで、だけども信じて貰えるわけもなくて、もう全てを諦めていた。
 全てを呪った夜もあった。くだらない願い事をしたことに腹を立てて眠れない日もあった。どうにも出来ない現実に、一層のこと、と考えたこともある。

 それでも、今私はここにいる。
 いろいろな人の力を借りて、私は今、ここに。

「お母さん」

 台所を覗けば眠気眼で冷蔵庫を開ける母が見えた。母は振り返ると怪訝そうにこちらを見つめた。言うか言わないかしばらく悩んで、それでもやっぱり伝えておこうと私は服の裾を少しだけ掴んで、口を開いた。

「……ただいま」

 そしてまた、新しい日々が始まる。

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