あしたもいっしょに、いてもいいですか?_07

 もう外は暗くなっていた。月が光る空を見上げながら「随分と話し込んでた気がします」と言えば先輩も同じように月を見上げながら「一時間も経ってないけどね、日暮れって早いから」と長く息を吐き出した。
 校門の向こうから、冬へ向かう風が吹き抜ける。もうすぐ季節が変わるのかと身を縮めれば、校門にひとつ、大きな影があることに気がついた。それは私たちの方を見るなり校門に預けていた背中を起こして、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。見知ったその影に「アドニスくん」と呟けば、羽風先輩が「よくわかるね」と驚嘆の声を上げた。

「そりゃ、えっと、まあ。ふふっ」
「うわ、なにそれ褒めてはないよ、べつに」
「そうなんですか?」
「そうだよ」

 そう言うと羽風先輩は片手を上げて「アドニスくん」と声を上げた。なんだか羽風先輩がアドニスくんを見つけたようで腹立たしくて、思い切り手を振ればアドニスくんは駆け足でこちらへとやってきた。そして私と羽風先輩を交互に見て「……羽風先輩と一緒だったのか」と詰問するように強く彼は尋ねた。

「そうだよ、デートし」
「相談に乗ってもらってたの、ちょっとだけ」
「……泣いてたのか?」

 そう言うと彼は腰をかがめて私の顔をのぞき込んだ。夜の闇でわからないと思っていたけれど、彼にはお見通しらしい。誤魔化すのも難しそうだったので素直に頷けば、アドニスくんは「そうか」とため息交じりに言葉を吐いた。

「でももう元気、大丈夫だよ」
「そうか……ならよかった」
「アドニスくんは誰かと待ち合わせ?」
「いや……お前の様子がおかしかったから待っていただけだ、元気そうなら、それで」
「ごめんね、心配かけ、て!」

 突然の衝撃に振り返れば、羽風先輩が私の肩をしかりと掴み、まるでアドニスくんに差し出すように押し出していた。どうやらこれにはアドニスくんも驚いたらしく、狼狽したように「羽風先輩……?」と彼の名前を呼んだ。羽風先輩は私から手を離すと「心配ついでに送ってあげたら?」と、ウィンクを飛ばす。
 羽風先輩の言葉を正面から受け止めたアドニスくんは「必ず無事に送り届けよう」と力強く頷く。泣きはらした後だからあまり人と居たくないんだけどと思い狼狽する私に彼は肩を幾度か叩き、先輩は口元を耳に寄せて「初回サービスね」と囁き笑った。

「――せ、先輩!」
「はははっじゃあアドニスくんも、またね」
「ああ、先輩も気をつけて」

 颯爽と去って行く先輩の後ろ姿を見送りながら「相変わらずだね」と呟けば、アドニスくんは丁度先輩が触れていった肩に、そっと手を置いた。思わず跳ね上がってしまえば、アドニスくんも慌てたように手を離して「すまない」と目をそらす。

「だ、大丈夫、驚いただけだから……急に、どうしたの?」
「……いや、羽風先輩が、触れて」
「触れて……?」
「どうしてだろうな……?」

 釈然としない顔でアドニスくんは自分の手のひらを見つめ、そして握りこぶしを作り腕を下ろした。

「行くか」

 彼が呟く。私も頷き彼の斜め後ろを歩く。しかし今日はなぜだか、アドニスくんは私の隣まで戻り、そして肩を並べて歩き出した。大きな背中がない分、いつもよりも視界が寂しい。
 隣のアドニスくんを見上げれば、照れくさそうに「今日は隣で」と小さく呟いた。高鳴り始めた心臓に浮かされて「うん」と言葉を跳ね上げれば、アドニスくんは嬉しそうに微笑んだ。

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