気まぐれな騎士は数学がお得意_03
長い授業が終わり先生が教室をそそくさと出て行ったとほぼ同時に、「おいこら凛月!」と怒号とともに衣更くんが駆け込んできた。凛月くんは落書きの手を止めてーー結局授業時間中ずっと彼は落書きに勤しんでいたーーゆるく手を振って「まーくんやっほー」と笑顔を浮かべる。「やっほーじゃねえよ!お前ここでなにやってんだよ」
「移動教室だよ」
「そんなわけあるか!」
大股で私たちの机まで駆け寄ると、ページの半分ほど落書きで浸食されたノートをみて衣更くんは眉間を押さえた。「なんか、その、ごめん」途切れ途切れに言葉を切る彼に苦笑を浮かべて気にしてない旨を伝えると「まーくんは気にしすぎなんだよ」と凛月くんがへらりと笑った。凛月くんはもう少しきにするべきだと思う。
「ほら凛月帰るぞ」
「はあい」
もう少し抵抗すると思ったのに素直に従う凛月くんに、私と衣更くんは思わずお互い目を丸くして「えっ」と声を上げた。凛月くんは不満そうに眉を寄せて「なにその態度」と唇をとがらせる。
「もう騎士はおしまい?」
「うん、もうちょっと側にいて欲しいなら次の時間もここにいるけど」
「それはちょっと……」
言葉を濁す私に凛月くんははにかむと、椅子から立ち上がった。「お前なんでこっちに居たんだよ」と衣更くんが苦言を漏らすと、凛月くんは首を傾げて「騎士だからねえ」と笑った。答えになってないのはわかりつつも、やはり彼の笑顔をみてしまうと文句は体の奥へと引っ込んでしまう。しかし衣更くんはそうもいかないらしく「意味わかんねえよ」と肩をすくめて首を振った。「まーくんは分からず屋だからねえ」と答える凛月くんの言葉がどうやら気に障ったらしく、衣更くんは今日一番とも思える大きなため息を吐いて、強引に凛月くんの手首を引っ張る。凛月くんも特に抵抗はしないで引っ張られるまま歩いていく。小さくなる背中を眺めながら一体何だったんだ、と私は肩をすくめた。そして落書きだらけのノートを見て、提出物どうしよう、とか、でも可愛くて消せられないなあ、だとか思いながらそれらを指でそっとなぞった。
丁度教室の敷居をまたいだところで「あっ」と凛月くんは声を上げた。私が顔を上げると彼とバッチリ目が合ってしまう。凛月くんは大声で名前を呼びながら手を振ってきた。
「今年の公式覚えたらまた教えてあげるね」
隣で聞いてた衣更くんも、そして級友たちも言葉の意味がわからず皆首をかしげる。だから数学の公式は毎年変わるものじゃないんだって、なんて伝えたい文句もやはり彼の笑顔の前では意味をなさない。はにかみ手を振り続ける彼に私も手を振り返しながら、ちょっとだけ楽しかったな、なんて心の中で苦笑を零した。