君がいない朝を紡ぐ_03

「結局さあ、呼び出した理由なんだったの」
「えっ」
「朔間さんたちがいたら言い辛いことだったんじゃないの?」

 そうか、彼はそう解釈してくれたのか。最終下校時刻が差し迫る廊下で、練習を終えた私と羽風先輩はゆったりと歩いていた。
 朔間先輩は練習が終われば早々に棺桶に引っ込んでしまったし、晃牙くんとアドニスくんは腹が減ったと騒ぎたてながら帰ってしまった。残ってしまった私と羽風先輩はのろのろと帰り支度を済ませて今こうして隣同士歩いているのだ。

 羽風先輩は腰をかがめて私の顔を覗き込んで「もしかして朔間さんになにかやなことでもされた?」と尋ねる。慌てて首を横に振るうと彼は顔を歪めて「違ったかあ」と肩を落とす。

「もしかしてアドニスくんとか晃牙くんが問題起こした?」
「いえ、そんなことないです」
「だよね、だったら俺じゃなくて朔間さんに連絡するもんね」

 だったらなに、気になるんだけど。拗ねたように唇を尖らせる羽風先輩の物言いに、ふと「待って妄想するから!」なんて月永先輩の声がリフレインして私はくすりと笑みを零す。耳聡くそれを拾った先輩は興味深そうに「なになに?」とおどけたように言いながら私を見下ろす。なにも言わず笑顔を湛えたまま首を横に振るうと、羽風先輩は「秘密が多いなあ」とぼそりと零した。

「教えてよ、俺に言えないこと?」
「そういうわけではないんですけど、その、しょうもなくて……」
「もっと気になるんだけど」

 私が足を止めたら羽風先輩も呼応するように歩くのをやめた。言ったら呆れられる気がする。でも来てくれたのに言わないのは不義理な気もしてきた。でもやっぱり口に出すのが恥ずかしくて私が俯くと、先輩はわざわざ私の前に立ちはだかるように回り込んでその場にしゃがみ込んだ。真っ直ぐな彼の視線が私に注がれる。足を止めて彼と視線を合わすようにしゃがみこむと、先輩は照れくさそうに一度笑った。

「怒りませんか?」
「怒らないよ」
「……羽風先輩が、いなくなる夢をみまして」

 夢?と彼は復唱する。バカにするでも呆れる調子でもないその響きに頷くと、先輩は神妙な面持ちでじっと私を見つめた。金色の瞳がくすぐったくて目線をそらすと、足元から「そっか」と声が響いた。そして手のひらに暖かな体温が触れて、ごつごつとした彼の手は、優しく私の手を握る。

「寂しい思いさせちゃったね」

 先輩の一言がすとんと心の中に落ちた。そうか、あの涙は寂しかったのか。三人のUNDEAD。広く感じたステージ。いるはずの人がいない、舞台。
 私も先輩と同じようにその場にしゃがみ込むと、羽風先輩は驚いたように目を丸めてそして相好を崩した。「秘密ですよ」と私が口にすると、彼は照れくさそうに笑って「二人だけの秘密ね」と囁く。小声で「寂しかったんです」と打ち明けると、羽風先輩は馬鹿にするでもなく呆れるでもなくただただ優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。

「夢で寂しくした分、現実では寂しくさせないようにしなきゃね」
「じゃあ練習に来てくださいね?」
「そうだね、約束」

 UNDEADは四人がいいし、普段練習にこなくてもやっぱり先輩がいなきゃだめなんだ。やはり、私の世界には羽風薫は必要なのだ。気恥ずかしさに笑ってみせると、先輩もつられるようにはにかんだ。だれもいない廊下で結んだ約束は少しだけ嘘くさくて、それでも随分と、愛おしかった。

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