その役目は私だけでいい_01
アドニスくんはよく、むっ、と言う。困ったときは殊更に、眉を顰めて、むっと呟く。私はその言葉が聞こえると彼の方を見て、どうしたの、と首をかしげる。大抵彼は携帯を片手に、まるで言うことを聞かない幼子に困り果てた母親のような顔をしている。壊れ物のようにそろそろと携帯をこちらへ向けて、どうすればいい、と口を開く。そろそろ覚えればいいのにと思いつつも私は丁寧に携帯の扱い方を教える。教えても数日後また彼は困ったように、むっ、と呟いて私に携帯を渡す。何事にもまっすぐで、困難など力技で押し通すような彼がどうにもかなわないと困っている顔が私は好きだった。困らせるのが好きとかではなく、いつも助けられてばかりなのでここぞとばかりに恩返しできる機会があることは嬉しいし、何より彼のこんな顔を見れる人はきっと数えるほどしかいないだろうから。
彼は今日もむっと呟く。私はアドニスくんに寄り携帯を操作してやる。画面を滑らせてスワイプすると、アドニスくんはそこで安心したように顔を綻ばせて、壊れてなかったのか、と嘆息する。アドニスくんと同じように頑丈ですよ、と笑うと彼も、お前も強いんだな、と携帯に話しかける。もちろん携帯がなにか答えるわけでもないのだが、彼はそれでも満足そうに微笑み、早く扱いに慣れなければ、と呟く。
「携帯ないと不便だもんね、アドニスくんもうちょっと携帯と仲良くしてあげるといいよ」
「そうだな、お前や大神がいないと対処ができない」
「一人でも扱えるようにならなくちゃ、私や大神くんが四六時中一緒にいるわけでもないし」
通知ランプがメールの着信を告げる。もう色まで覚えてしまった。ちかちかと緑色に光るライトを眺めつつメールを起動してアドニスくんに手渡すと、彼は携帯ではなく私の方をじっと見つめて、幾度か瞬きをした。
「俺は四六時中一緒にいたいと思っているが」
突然向けられた好意に素っ頓狂な声を上げると、アドニスくんは心底不思議そうに眉を寄せて、変なことを言っただろうか、と不服そうに携帯を受け取る。そしてなに食わぬ顔でメールを操作して、大神からだ、と画面を凝視し出した。取り残された私は彼の言葉を引きずるのも恥ずかしくてわざとらしい咳払いをこぼし彼に寄り添う。彼がまた、むっ、と呟く。今度は目線だけそちらに投げると、アドニスくんはまるで迷子の犬のように不安げに瞳を揺らしながら画面が暗くなった携帯を差し出した。
それはまだ、私たちが学生の頃のお話。寄り添いながら生きていた頃の話。