追憶の光_01
連絡は一度もとってはいない。そしてあちらからの連絡も一度も来たことがない。壊れてしまった愛用の携帯を眺めて、そういえば卒業してから彼だけ通知の色を変えたんだっけ、と思い出して苦笑を漏らす。彼の髪の毛と同じ銀色の通知色。可愛らしい、まだ私が少女だった頃の淡い期待。その色が光ることは一度たりともなかったけれど。もう動くことのない携帯を回収パックに入れながら頭のなかで卒業式を思い出す。あの頃、私か彼か、どちらか一歩を踏み出せば友達以上恋人未満の関係は変わっていたのかもしれない。いや違う、彼は踏み越えようとしたのだ。卒業式のあの日。狭い昇降口で二人、肩を寄せ合って未来を語った時間。彼は羨望の世界へ漕ぎ出す勇気を、私は学に身を置く決意を、いつになく熱く互いに口にした。そして互いに喋りきったところで訪れた沈黙。桜がちょうど目の前を横切って、私はその視線を追って、隣にいた彼は突然私の腕を引いて、自らの唇を私の唇に押し付けたのだ。
今ならあのキスが、不器用なりの彼の思いの伝え方だとわかるのに、あの頃の私はとても馬鹿で、そして分かろうと立ち回る勇気もなくて、ただただ呆然と起こった出来事を眺めるばかりだった。
回収パックの封をしっかりと締める。先日不注意で壊してしまった、高校の頃から愛用していた携帯。連絡先は全て引き継ぎ済みだし、キャリアも変更していないので番号も変わることもない。しかし愛用していたそれと離れるのはなんとなく名残惜しくて、そっと回収袋を撫でる。そういえばあのキスの日も、この携帯はポケットの中にいたんだっけ。もう今となっては笑い話にするしかないほど時間が経ってしまった。彼は「期待の星」や「新人アイドル」の肩書きを捨て、中堅所として邁進している。私も私であの頃予想もしていなかった人生を歩んでいる。
もう決別しないといけないんだろうな。そう考えつつ、新しい携帯を開いて、大神晃牙の名前をタップした。この連絡先がまだ通じるかどうかは定かではない。それでもこれは、お遊びのような未練なのかもしれない。いつか断ち切れたら連絡先と共に消そう。個別設定を開きながらそんなことを思う。心の奥底に眠っていたはずの恋心は、しつこいほどに、まだ燻っているようだ。個別設定の通知色を「シルバー」に設定しながら、一人笑った。