いつか夜が明けたら迎えに来て_01

 イヤリングがあった。イミテーションの真珠でできた、シンプルでチープな、可愛らしいイヤリングだ。友達とお揃いで買うために何ヶ月もお小遣いを貯めてようやく買ったそれは、どこへ行くにも何をするにも一緒だった。学校の登下校。先生にばれると怒られるから授業中はポケットの中に。よくトイレで友達とそれを出しては、小さな秘密に笑ったものだ。
 そんな大切なイヤリングを片方落としたのは、召喚の最中だった。魔界へ来る間際、両耳につけていたそれが片方なくなっていたことに気がつくと、私はすぐに部屋中を探し回った。まだ、魔界に来て間もない頃だ。人間はすぐに錯乱する、なんとか文句を言いながら一緒に探してくれたのは他ならぬマモンであり、結局散々探し回った結果見当たらず、召喚する際に人間界に落としたのだろうという話で決着がついた。
 片方残っていただけでも幸運なのかもしれない。そう開き直った私は、こちらにいてもそのイヤリングをそばに置くことにした。片側だけのイヤリング。どこかへ行くときには落としてはいけないからポケットの中へ(片側だけのイヤリングってちょっとなあ、とアスモに指摘されたからだ)そうして部屋の中にいるときには棚の上の小物入れの上へ、置くと決めていた。
 言わばこれは人間界から魔界へとやってきた私が、唯一身につけていた相棒のようなもの。大げさに言えば魂の半身であり、ある意味での、心の拠り所の品だった。

 そんなイヤリングが、ふとマモンの目に留まったのが始まりだった。
 いつも通り何をするでもなくふらっと現れたマモンは、レヴィから借りたゲームを当たり前のように私の部屋で広げだす。はじめは私と遊ぶつもりだったようだけれど、しばらく二人で対戦して「弱すぎるから話にならない」と彼は早々に見切りをつけてしまった。そして食べ物でベールを釣り、見事に釣られたベールが私からコントローラーを受け取り、しばらく二人で接戦とも言える戦いを繰り広げていた。
 プレイ権を無くした私は白熱する二人の背と、見慣れないゲーム画面をただただ見つめる。大きく体を揺らしながら遊ぶマモンの一方で、ベールはひたすら食べ物で腹を満たしつつ、絶妙なタイミングでマモンの攻撃を避けてカウンターを入れる。最近流行の格闘ゲームだからか、二人とも随分と手練れだ。組み手のように交わされるコンボ攻撃。一瞬の隙をついてベールがマモンに攻撃を放ち、マモンの操作していたキャラは宙へと浮く。
 勝利に沸くベールの操作していたキャラクターを見て、マモンは再びコントローラーを投げた。「話にならねえ!」なんて先ほどと同じような台詞を吐いて、マモンは立ち上がった。「それはマモンの弱さ?」と返せば「おまえの方が弱いだろうが!」なんて返されてしまう。言い返せないのがちょっと悔しい。

「でもいい勝負だったよね」
「そうだな。どのステージもいい勝負だった」

 連戦すれば成績が累積されるらしく、ベールのキャラクターの上には勝った分だけの星が並ぶ。一方一つも星を得られなかったマモンは「うるせえ」と言いながら「あーつまんねえの」なんてぼやきながら、何をするでもなくふらっと、棚の方へと足を伸ばした。
 そうしてそれを見つけたのだ。イミテーションの真珠のイヤリング。彼は「ん?」と言いながらそれを取り上げると、ランプに透かすように持ち上げた。

「あ、それ私の」
「あのイヤリングだろ。なんだ、ちゃんと二つあったのかよ。言えよなあ」

 二つ? 瞳を瞬かせる私をよそに、マモンは小物入れにそれを丁寧に置く。チップスを食みながら眺めていたベールも神妙に頷いて「見つかってよかった」と口にする。
 一体何を勘違いしているのだろうか。無くしてしまったもう片方のイヤリングは結局見つかってはいないし――まさか、もしかして私がまたイヤリングを無くしたなんて噂が立っているのだろうか。
 聞こうとする前に、ベールが勢いよくチップスの袋を逆さにし、口へと流す音が響く。「よく食うな」とマモンの呆れ声。勢いよく飲み物をすすりながら、ベールは力強く頷く。

「でもまだ入る」
「底なしかよ。もう一戦すんぞ」
「いや、もう食い物がなくなったからキッチンに行きたい」
「勝ち逃げなんてさせるかよ。おい! 食い物あるか?!」

 マモンが振り返り、次いで乞うような瞳でベールがこちらへと視線を投げる。イヤリングのことも気になったけれど、追求するのも野暮のように思えた。それに、今は食べ物を渡した方がいいだろう。
 ベッドの下に蓄えてあるチョコレート菓子の袋をベールに投げてやれば「ありがとう」と彼は豪快に袋を開いて、個包装になっている銀紙をうれしそうに開く。マモンものぞき込みながら二つチョコレートを取り上げて、一つはこちらへと投げて寄越してくれた。
 そうして再び、賑やかな声とともに対戦が始まる。どれだけキャラクターを変えても一勝もできないマモンが面白くて、私もベッドの上で腹を抱えて笑う。ベールの頭上に増える星。悔しそうなマモンの声。それはチョコレート菓子が空っぽになるまで続き――終わった頃には、イヤリングの謎なんて誰一人として、覚えていなかった。

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