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疲れている転校生を労る話

 疲れている、と、思った。そう言われていた訳でもないし、鏡を見た自分の姿に驚いた訳でもない。それでも体を覆う気怠さは拭えなくて、ため息を吐く度に自分の中の何かが削れていくような感覚に陥った。
 疲れているのだと、思った。
 私は今とても、疲れている。

「疲れました」

 そう言って、ベッドに倒れ込んだ私は恋人のパジャマの裾を握る。この恋人は夜行性だというのに、夜はちゃんとパジャマに着替えるのがとてもおかしいと、私は思っている。一度それをからかい混じりに指摘したことがあるのだけれど「嬢ちゃんもパジャマに着替えるじゃろう?」と一蹴されてしまったのはいつだっただろうか。ふと、そんな他愛も無いことを思い出した。やっぱり疲れているのかもしれない。

「疲れたのか」

 恋人は呆れるでも無く、スーツのままベッドに突っ伏した私の頭をゆっくりと撫でる。いつもなら、皺になるぞい、だとか、まずはメイクを落としたらどうじゃ、とかちくちくと細かいことを言ってくるのに、今日に限っては容認してくれるらしい。嬉しい。優しさが身に染みる。
 ちらりと布団から顔を上げれば、髪の毛をまさぐる彼と目が合った。切れ長の瞳が柔らかく細まる。「疲れておるのじゃな」と彼は確認するように口にする。私は「はい」とだけ言って、また布団に顔を埋めた。
 さわさわと、髪が揺れる。彼の細長い指が頭を撫でる。なんだか今日あった嫌なことが徐々に抜けていく気がする。指先が触れたところからぽつりぽつりと、気泡となって外に流れ出ている。きっとそう。だとしたらこの空気に私の嫌な気持ちが満ちるということとなって……? そんなくだらないことを考えていたら彼の指がぴたりと止まった。私は顔を上げる。ぱちりとあった視線に、零さんはにこりと微笑む。

「着替えるのも億劫そうじゃのう」
「……着替えずごろごろして、怒ってます?」
「いいや。たまには脱がすのも一興だとおもってな」

 え、と口にするより前に彼は掛け布団を波立たせ、ころりと私を無理矢理転がす。そして楽しそうに(鼻歌なんて歌いながら!)上着に手をかける。「ちょっとまって」との制止の声を聞いているのかいないのか、彼はぷちりぷちりと上着のボタンを外していく。

「嬢ちゃんは疲れておるのじゃろう?」

 楽しそうに彼は微笑む。

「我輩は労ってやろうと思ってな」

 全く気持ちのこもっていない言葉に、私は乾いた笑みを浮かべた。

 ぷちりとまた、ボタンがひとつ、外された。