DropFrame

充電をしたい話

「充電……」

 まるで彼の言葉のようだ、と私は思いながら、藁にもすがるような思いで、彼の広い背中にすりついた。普段と違う行動に翠くんは驚き、ほんの少しだけ身をよじらせて「え、なに……」と呟き振り返ろうとする。

 なにって、失敬な。私だって充電したいときがあるんだ。

 例えば翠くんがゆるキャラの抱き枕を抱えるように、意味もなく「やわらかい……」と私のお腹をまさぐるときのように(これって結構失礼だと思う)自分ではないなにかに癒やされたいときが私にだってある。
 それがたまたま今だっただけの話だ。私はそう思い、いつも彼が甘えるときのように腰に腕を回した。存外に大きな体は彼の背中にひっつかないと腕を回しきれなくて、思い切り身を寄せる。びくりと彼の背中が震えた。「その……」彼の声が振動となり、背中に寄せた頬を震わせる。

「……甘えてるんスか?」
「甘えてるんですよ」
「……」

 甘い言葉も、あやすような言葉もなにもない。例えるなら絶句に近い、痛い沈黙が辺りに満ちる。心苦しいけれど、それでも私は癒やされたい一心で回した腕に力を込める。

 だって翠くん、仕事に疲れたらよくするじゃない。ということは私がたまにこういうことをしてもいいってことだよね。

 ぎゅうぎゅうと、今日あった嫌なことを頭から追い出しながら彼の体温を感じる。なるほどこれは癒やされる。間近で感じる彼の呼吸だとか、肌で感じるいつもより低い彼の声だとか、一心に浴びながら私は深々とため息を吐いた。

「ごめんあと五分だけ」
「……俺が耐えきれないんですけど」

 まるで紐をほどくように丁寧に、彼は巻かれた私の腕を外した。そしてそのまま振り返り、優しく肩を掴み、そのままベッドへと押しつける。

「耐えきれないんですけど」

 噛みしめるように彼はもう一度言葉をなぞる。先ほどまで腕の中にいたのに、今や馬乗りになる彼の姿に私は息をのむ。「み、翠くん」と震える声を出せば、彼は大層嬉しそうな声を上げて「はい」と上機嫌に私の頬を撫でた。節くれ立った彼の指が輪郭をなぞる。

「甘えてもいいッスけど、俺も甘えていいんですよね?」

 返事をする前に口を塞がれる。抗議の意を示そうと息継ぎの合間に声を出すも、彼の舌が何度も何度も私の言葉を絡め取った。先ほどまで頬に添えられていた手は、いつの間にか私の手の上に乗せられている。指先が触れあい、絡まり、緩まり、何度も何度も繋げ直す。浅い息とベッドの軋む音が聞こえる。
 あれ、私癒やされたかっただけなんだけど。
 そんな雑念も、彼の熱に溶かされて、消える。

「俺も今日嫌なことあったんッスよね」
「へ、へえ……」
「だから俺も充電」

 そう言うと彼はわざと音を立てて唇を落とした。今日一番浅いそれだったのに、随分といやらしく感じて「えっち」と言えば「誘ってきたのはそっちでしょう」と彼は笑った。
 そんなつもりは無かったんだけど。そうはいっても灯る熱はおそらく消えてくれそうになかったから、私は黙って彼を見上げた。