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寒さに震える話

 肌を攫う風が冷たい。気温は二十度近くあるというのに、冬の風を彷彿とさせる冷たさに私は両腕を手で摩った。身を軽く震わせながら「寒い」と口から言葉を零せば、隣を歩いていた晃牙くんがちらりとこちらへ視線を寄越す。鞄を肩から提げながら――彼もまた半袖姿なのだけれど、全く寒そうにする素振りは無い。先ほどまでユニット練習でひたすら動いていたからこのくらいの気温が心地いいのだろうか。

 風がまた吹き抜ける。ぶるりと身が震える。

「そんな寒くねえだろ」

 晃牙くんが小馬鹿にしたように笑うので、私は彼を睨み上げて「寒い」とまた言葉を、先ほどよりも少し強めに放った。しかし晃牙くんは嬉しそうに笑って「寒くねえよ」と言葉を繰り返す。
 その言葉に強がりがほんの一欠片でも滲んでいたら良かったのに、彼の素振りを見る限り本当に寒くないらしい。平静な顔をして隣を歩く姿が恨めしい。恨めしく思いながらも、私は何度も肌をさする。

 衣替えの季節がやってきて、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。衣替えをした丁度その一週間ほどは天気も上機嫌で、燦々と降り注ぐ陽光に、ああもうすぐ夏が来るのか、なんて露わになった素肌に日焼け止めなど塗っていたのだけれど、六月も下旬に向かうにつれ、天気はどんどん急降下。最近では晴れ間を見ることの方が少なくなった厚い雲の下、冬を彷彿とさせる風が街に席巻している。

 冷気に晒された素肌は冷たい。もうすぐ七月が来るなど、嘘のように冷たい。

「……そんな寒くない、みたいな態度とってるけど、強がりなんじゃないの?」
「あ?」

 苦し紛れに吐き出した言葉に、晃牙くんは顔を顰める。少し得意になった私は言葉を続けようとしたけれど、すぐにそれは制されてしまった。何故かというと先ほどまで顔を顰めていた彼は得意そうに口元を緩ませて、軽く握った拳を私の頬に当てたからである。スローモーションでたどり着いたそれは痛みこそないけれど、押された頬肉が口の中へ押し出され喋る辛い。「暖けえだろうが」彼は得意げにそう口にする。いやもっと示しようがあったでしょう、と私は口に出来ない。なぜなら、頬肉が、邪魔だから。

「いひゃい」
「痛くねえだろうが」

 そう言いつつも彼はすぐに手を離す。素直なのは美点だけれど手を上げるのは頂けない。それでも確かに彼の言うとおり頬に触れた指は暖かくて、尚のことに悔しい。

「つうか寒いなら上、着とけよ」
「上着ないもん」
「……しゃあねえやつ」

 そう言うと彼は鞄の中からくしゃくしゃになったジャージを取り出して私の頭の上に落とした。髪の毛に沿って落ちていくそれを慌てて掴み晃牙くんを見れば「着とけ。明日返せ」と言って先ほどよりもほど早く歩き進む。途端に開いた距離に慌てて晃牙くんを追いかける。晃牙くんは振り返りこちらを一瞥し、ジャージを抱えている私を見て「着とけ」と再度口にした。

「風邪引かれたら困るだろうが」
「え、それって寂しいってこと?」
「静かになって清々する」
「すぐそういうこと言う!」

 うるせえ、と頭を軽く叩かれて、理不尽だと思いながらも彼に借りたジャージを羽織る。ふわりと肩から彼の香りがして、思わず首元の布を強く握れば「伸びたら弁償だからな」と彼は楽しそうに笑った。弁償って買い取りですか、と喉元まででかかった言葉は言わないでおくことにしようと、私は強く口を噤んだ。