火が爆ぜる。口うるさい生徒副会長が卒業したとはいえ、誰かに見つかったら大目玉だろうということくらいひなたには分かっていた。それでもしなければ、と思ったのだ。先輩達が卒業して、新入生が入学してくるほんの僅かな、このタイミングに。
冬の間落ちてしまった木の葉とか、もう茶色く変色しかけた桜の花びらを巻き込み、ぱちぱちと火の粉が空気にはじける。とても弟に見せられるものではないテストだとか、もう必要の無い企画書だとか、書き損じの書類だとかを火にくべる。細い枝を使いそれをつつけば、火が小さくうねりをあげた。
燃やし尽くせばいいと、ひなたは思った。この一年でゆうたくんに隠してきたことだとか、煮え切らない思いだとか。
そしてポケットから弟に黙って稼いだ給与明細を火に投げ込んだ。喜ぶように炎がうねる。中心部に落ちたから、今やもう燃え尽きているだろう。
「いけないんだ」
背後から声がする。近づく影には気付いていたし、足音から彼女かな、とも思っていた。振り返れば予想通り彼女が微笑んでいて「先輩が卒業して早々においたかい?」と悪戯っぽく笑った。
「そんなとこかな」
「まあまだ寒いもんね。暖は助かるなあ」
彼女は無邪気に笑い火に近づく。その場にしゃがみこみ、そしてほぼ炭になった紙の切れ端を見つめ、露骨に顔を歪めた。ひなたが目をやれば、そこにはでかでかと『数学 期末考査』と書かれていて、誤魔化すようにへらりと笑えば「ただのたき火じゃないんだね」と彼女は肩を竦めた。
「そうだね。うーん、言うなれば、一年の精算かな?」
「精算できそう?」
「さあね、燃え尽きないとわからないかも」
そう答えを誤魔化して火をつつく。ぱちりとまた、火の粉が爆ぜた。
「せっかくだからやっていく?」
「なにを?」
「精算。燃やすものがあれば、だけど」
それはただの思いつきだった。彼女のことだから断ると思っていたのだけれど、予想とは裏腹に彼女はひなたの言葉に「そうだね」と小さく呟いて、ポケットからはさみを取り出した。何をするつもりなのだろう、と彼が目を瞬かせれば、彼女は躊躇なく自分の髪の毛をひとつかみ、刃を入れて指先に力を込めた。
じゃきんと、軽快な音がする。
彼女の手には数センチの毛束。それを火にくべて「じゃあ私も、一年間の精算ってことで」と無邪気に笑った。
「……は? なにやってんの?!」
「忘れたいこととか、後悔したことを、燃やし尽くそうと思って。ほら髪の毛って女の命って言うでしょ? それにこのくらいじゃ、目立たないし」
事も無げに彼女は笑う。そして慈しむように手のひらに残ったか細い髪の毛を見つめ――息を吹き付け火の中へと送り込んだ。
「……はー、信じられない」
「私は学院内で勝手にたき火する方が信じられないけど」
彼女はそう言って笑ったので、ひなたも観念して「そうかも」と諦めたように笑みを零す。
風が吹く。様々な思いを飲み込んだ炎を、明るみにできなかった紙切れの欠片を、そして不揃いになってしまった彼女の髪の毛を揺らし、海を目指し吹き抜けていく。
「来年はいい年になるといいなあ」
彼女の晴れ晴れしい声に「そうだねえ」とひなたも空を仰いだ。
桜の花々の向こうに、随分と青い空が見えた。