DropFrame

ナイトフライトに重力はいらない

 部屋は月明かりに照らされていた。締め切られていたはずのカーテンはほんの少しだけ開けられて、カーテンを押さえるように晃牙くんが外を眺めていた。私は眠気眼をこすりながら起き上がり、彼を見つめる。晃牙くんが振り返る様子は無い。彼が寝ていたはずの空間に手のひらをつければ、仄かに暖かい事に気が付いた。先ほどまで彼も寝ていたのか。タオルケットをマントのように羽織って、私もベッドから抜け出した。

「眠れないの?」

 窓ガラスの向こうは寝静まった街が映る。煌々と明かりを灯すのは近くのコンビニエンスストアだけで、周りのマンションも、スーパーも、名も知らない会社も全てその灯を落とし寝静まっている。眠りにつく前に聞こえていた車の音ももう聞こえない。
 黙ったまま窓の向こうを眺める晃牙くんにタオルケットをかけてやれば、そこでようやく彼は私を見た。満月が落ちてきたような瞳を瞬かせて、彼は黙って両手を広げる。素直に彼の胸に飛び込めば彼はタオルケットの両端を持って、私ごと包み込んだ。
 初夏の涼しい夜に、暖かな彼の体温。愛しく思い擦り寄れば「起こしたか?」とたおやかな彼の声。

「ううん。起きたの」
「そうかよ」
「あのね、晃牙くん」

 夜は、世界のどこでも夜なんだよ。平等に同じだけ夜が来て、そして時間が経てば朝が来るの。窓の向こうの景色は違っても、刻む時間はいつも同じ。だから、こわくないよ。
 そう伝えたかったのに、私が口にする前に彼は唇で言葉を塞いだ。ほんの少しだけ震えていたことに気が付いたから、私は言葉で伝えるのを諦めて彼の背中に腕を回す。

「俺は、お前を置いていくんだな」
「浮気してもいい?」
「出来ねえくせによく言う」

 彼はそう言って小さく笑った。こうして他愛も無い話をしばらく出来なくなると思うと、心が小さく軋みをあげる。それでも彼が決めたことだから、私に出来ることは『大丈夫だよ』と笑って送り出すことだ。。
 この夜が明ければ、彼は日本では無いどこかへと旅立ってしまう。でも大丈夫。私の時間も彼の時間も、すべからく等速で流れていくのだから。
 擦り寄るように頬を寄せれば「寂しがるなよ」と彼の声。

「晃牙くんもね」