『おおかみのおおがみさん』は森の洋館に住んでいる。吸血鬼のおじいちゃんと、神父のお兄さんと、フランケンシュタインのお兄さんの四人で、広い広い洋館に住んでいる。
洋館には何度か遊びに行ったことがあるけれど、私の家のそれよりもベッドはふわふわ。昼間はまるで主人を慮るように木々が日光を遮っているので、洗濯物は乾きづらいけれど、夜になれば夜風が葉を押しのけてくれるから、月と星の光がとても綺麗によく見える。それは森の精霊さんのおかげなんじゃよ、と吸血鬼のおじいちゃんこと朔間さんは、よく言っていた。
森の妖精の他にもここには悪戯好きのコウモリや、夜になれば元気に騒ぎ出す正義のキョンシーたち、そして気高くて高貴な死神さんなど、たくさんの『夜のいきもの』が暮らしているようだ。その中で、お昼でも元気に動く生き物は実はそう多くないらしくて、『おおかみのおおがみさん』は、昼間に動けないいきものたちを「腑抜けども」と十把一絡げにしていた。それをきいた私が「なら私も夜寝ちゃうから腑抜けなの?」と尋ねれば「テメーはただの馬鹿だ」なんて、言われてしまった。
夜の森を私は知らない。知らなくていいんだよ、と町の人も、吸血鬼のおじいちゃんも、そして『おおかみのおおがみさん』も皆、示し合わせたようにそう口を合わせる。
「でも賑やかなら私も見てみたいよ」
「見せるようなもんじゃねえよ」
森の入り口は今日も静かだ。猟が禁止されているから、他の森と違って銃声は聞こえない。まず『夜のいきもの』が沢山ここで暮らしているから、必要でなければ大人はここの森に近づかないのだ。
それでも私はこの森に沢山美味しい木の実や果物が生っていることを知っているから、いつも家から大きなバスケットを持ち寄ってこの森へとやってくる。約束はしていないけれど『おおかみのおおがみさん』は気がつけばいつも後ろからついて歩いてきてくれる。彼曰く「監視だ」らしいのだけれど、高いところにある木の実をとってくれるのも彼だし、取り過ぎて重くなってしまった荷物を持ってくれるのも、間違いなく彼だ。
そして今日も例に漏れず、彼は私の後ろをついて歩く。お礼にと紙でくるんだクッキーと、『夜のいきもの』のみなさまへと瓶詰めされた手作りのジャムを渡せば「後で食おうぜ」と彼はバスケットにそれを戻させて歩き出した。そうして二股の分かれ道にさしかかり、彼は迷わず右の道を行く。慌てて後ろをついて歩けば、彼はどこかご機嫌に木の根を追い越し枯れ葉を踏みつけた。
森が深まれば、空気の深度も、そうして湿り気も深まる。いつもとは違う道に「違うところへいくの?」と尋ねれば「こっちの方が木の実が熟れてる」と、彼。
「物知りだね」
「テメエがもの知らずなだけなんだよ」
なにおう。最近かけ算だって覚えたんだぞ。
この前商人のお兄さんに教わった計算を自慢しようとも思ったけれど、彼にとってはきっといらない情報だろうと、私は言葉を飲み込んだ。だって6と7は掛け合わせれば42になることだって、3と9を掛ければ27になることだって、知っていれば物を買うときに悪い人に騙されることはないけれど、そもそも彼は誰かから物を買うことはないのだ。それよりもこの森に生っている木の実の場所や、熟れる時期を覚えた方が、この森では『賢い』。
わかっているから口を噤む。自信満々に進むその背中を見つめながら、私も一つ、木の根を飛び越えた。