捕虜は牢屋に入れるべきだと騒いでいた晃牙さんを「女の子を檻に入れるなんて何考えているの?」と、薫さんは一蹴した。私はその話を、小部屋の片隅でぼんやりと聞いている。『暫定』捕虜である私に用意された椅子はバーカウンターにあるような上等な椅子ではなく、木で作られた固い丸い椅子だった。座面にはクッションなんてものはついていない。どうやら古いものらしく、私が体重をかける場所を変える度に、椅子の脚は覚束なくがたがたと揺れた。しかしながら高さはバーチェアーほどあり、私はその不安定な丸椅子の上で、行方のわからない会話をただぼうと聞いている。
手は申し訳なさ程度には縛られている。しかし脚は自由なので、丸椅子の周りでぶらぶらと揺らしていた。とても自由だ。暫定的にとはいえ、捕虜に対する拘束とは思えない。しかしどこへでも駆けていける自由はあれど、私は大人しく彼らの話の着地地点を待っている。最初はちゃんと聞いていたのだ。聞いていたのだけれど、随分と前からこの話は平行線で――ちょっとだけ、飽きてしまった。
おそらくこの船で一番発言権のあるだろう船長は、お誕生日席に座ってうつらうつらと夢の中。銀髪の青年――晃牙さんと、金髪の青年――薫さんは、先ほどから熱く(とはいえ晃牙さんが一方的に熱を浴びせているだけなのだけれど)議論を交わし、一方で褐色の青年はその話を真面目に追いかけては、相槌を打っている。
「ならさあいっそのこと、俺のベッドの上でよくない?」
「牢屋よりも危険じゃねえかよ」
小窓から、生まれ育った街がどんどんと遠のいていくのが見えた。風は穏やかで、白波のとがりも陽光でその身を縁取り、水面を泳いでいる。陽の光に透けて彼らの金髪も、銀髪もきらきらと輝く。宝石箱みたいだと思った。小部屋に、顔の良い青年たちが四人。その髪は陽光を吸い込み煌めいて――おそらくこんな状況下でなければ、お金を払うべき光景なのだろう。
大体捕虜と言ったって、彼らは私を人質に誰かを脅したり、大金を取引するつもりは毛頭もないのだ。そもそも私だって――多少の諍いの経験はあれど、誘拐を頼まれるほど誰かの恨みを買った覚えもない。ただ行き倒れの船長を、街から船まで運んだだけだ。ただちょっと船長の口車に乗せられて船を見学している間に碇が上げられて――出港してしまっただけであって。
危害が加えられるわけでもないけれど「こういうのはとりあえず縛って置くべきだろ!」なんて短絡的な晃牙さんの意見に乗っ取り、便宜上縛られた腕。『捕虜』だって晃牙さんがそう口にしているだけであって、ほんの数分前は薫さんもアドニスさんも、どうやって私を街へ返そうか考えていたくらいだ。それを捕虜だのなんだと騒いでいたら、随分と街が遠ざかってしまった。小窓からはもう、朗々とした波しか見えない。
「なんで朔間さんはこの子を連れてきちゃったんだろうね」
平行線の議論に飽きたのか、事情を知らない薫さんはそう言って、ため息を吐いた。
「家族の心配はないのか?」
アドニスさんの瞳がこちらを向き、私はどう返事したものかと悩んだ後「心配するとは思いますけど……」と素直に返せば、彼の眉は僅かに下がった。「そうか」とあまりに落ち窪んだ声色に「しないかもしれないです!」と手のひらを返せば「いや、するでしょ」と薫さんがすぐさま訂正をかける。
「心配なんざどーだっていいんだよ。俺たちは海賊なんだぜ? 人質の一人や二人攫わなくてどーすんだよ」
「大神。こいつは『人質』なのか? 『捕虜』ではないのか?」
「こまけえことはいーんだよ! 別にどっちでもいいからさっさと牢屋にぶち込んどけ!」
「晃牙くん牢屋に入れたいだけじゃん」
そうして六つの瞳が一斉にこちらへと向く。それぞれの濃さは違うものの、金色の光は各々の思惑を宿しながら、私を視線で撫でる。
「……牢屋、行きます」
観念してそう口にした私は椅子から飛び降りた。「満場一致じゃねえか」と晃牙さんは満足したように笑い、鼻息を荒く鳴らした。
「いや満場一致というか。いまのこの子の優しさだからね。わかる?」
「牢屋は寒いぞ。本当にいいのか?」
そう口にするアドニスさんの言葉に私はぽそりと「寒いのはいやだなあ」と零した。しかしその声は「捕虜が贅沢言うんじゃねえよ」なんて猛々しい声に塗りつぶされてしまった。