DropFrame

構ってほしい話

 高い空に羊雲。群青に似た濃い青色を広げた空からは、日差しが燦々と降り注いでいる。夏よりも柔らかな光が電気を付けていない教室へと差し込めば、光に追いやられた吸血鬼は部屋の隅で身を縮める。暗がりの中、窓枠の形の光を忌々しそうに睨み付けた彼はこれ見よがしにため息を吐いて「忌々しい」とそう吐き捨てた。

「もう少し寝ていたらどうですか」

 暗がりの向こう。開いた棺桶の中に体育座りをした先輩にそう話しかければ、紅の双眸が眠たそうに瞬いた。まだ起きて間もないらしい。無理もない、昼も盛りなこの時間は、特別なことが無い限り、彼は棺桶の中でお休みしているのだから。

「でも、起きちゃったんじゃもん」

 随分と拗ねた声が聞こえる。そうしてふてくされた顔のまま手招きをされるけれど――昼間とはいえ、流石に光源の弱いところでは仕事はできない。やんわりと断り、私は陽光を頼りに書類を片付けていく。

「嬢ちゃんや、嬢ちゃん」

 文字を辿る私を、懲りずに何度も呼ぶ声。「はあい」と生返事だけすれば、足裏にぽこりとなにかが当たった。痛いわけでもないから無視を決め込めば、ぽこり、ぽこりと再び何かが、二回当たる。

「先輩……?」

 見れば床に転がるのは三つのカラーボールだ。一体どこから取り出したのかと彼を見れば、丁度四つ目のボールを構えた彼が「だって嬢ちゃんが来ないんじゃもん」と唇をとがらせる。そうしてまたぽこりと、膝にカラーボールが当たり、転がる。棺桶の中からいくつかまた取り出す彼に「なんでそんなもの棺桶に」と呟けば「ボール遊びは基本じゃろう?」と彼はにやりと笑いまたこちらに投げつけてくる。なんの基本かは、おそらく追求したら怒られるやつだ。(おそらく先輩ではなく、晃牙くんに)

 柔らかな衝撃に根負けして、私はシャーペンを机の上に置いた。転がるカラーボールを回収しながら彼に寄れば、嬉しそうに微笑んだ朔間先輩は両手を広げる。しかし、ここは学校だ。軽音楽部室は確かに特定のメンバーしかやってこないとはいえ……やはり、ここは学校だ。

 なんて躊躇していたら、業を煮やした先輩は私の腕を引き、無理矢理距離を縮めさせる。腰に腕を回して「早起きしたから褒めておくれ」なんて甘えるけれど、容赦なく引き寄せられたせいで、腿が棺桶の縁に当たり、痛い。

「先輩、ちょっと」

 そう言って抵抗をすれば、逃がさないとでも言うように彼は腕の拘束を強めた。引き寄せられる力に逆らえず、向こう脛が棺桶の縁に強打する。しかし悪びれもしない先輩は「頑張ったんじゃよ我輩ー」と胸元へと顔を埋めてくる。頑張ったって、目が覚めただけでしょうが。浮かんだ文句を伝えてもろくなことにならないので、私は観念して、彼の頭をゆっくりと撫でる。

「……えらいですね」

 存外柔らかな髪の毛が、指の動きに合わせてゆらゆらと揺れた。彼の手からカラーボールが落ち、幾度かのバウンドの後に陽の光へと向かって、転がっていく。

 薄暗闇の中、僅かに届いた陽光が薄く埃を照らし出す。昼間の甘えたがりの吸血鬼は嬉しそうに笑いながら「そうじゃろう、そうじゃろうとも」と満足そうに言葉を繰り返した。