例えば先日見かけた女の子のように、私のこの髪の毛がもっと長ければ、または髪色がもっと明るければ、彼の目に留まるのだろうか。それとも他の女の子と似せれば似せるだけ、凡庸のなかに埋まってしまうのだろうか。トイレの鏡にも、お風呂上がりの洗面台でも、自らの姿を映してはそんなことを考えてしまう。もっと背が高ければ、もっと背が低ければ。もっと可愛ければ、もっと綺麗ならば……。夢想する姿はそのたびに変わり――しかし変わらないのは私ではない『それ』に、羽風先輩が笑いかけてくれることだけ。
「なんだよ」
晃牙くんの不機嫌そうな声。何も言っていないのに、と思ったけれど、彼流に言うならば『視線がうるさい』というやつなのだろうか。彼の額の、すでに潜まった眉に浮かんだ言葉を飲み下す。放課後の教室はお昼のそれとは違い、人気が全くなかった。遠くに聞こえる喧噪をBGMに、私と晃牙くんはただぼうと時間を食い潰している。
金色の瞳は言葉を継がない私へと注がれている。誤魔化そうとしても咄嗟に言葉が浮かばなくて、小さく息を吐けば彼の眉間にまた皺が刻まれた。おそらく紡ぐ言葉に、さらに彼の眉間に皺が刻まれると予想はつくけれど、誤魔化せる気もしない。
「ピアスを……」
「あ?」
「開けてる……女の子、って。あんま、いないよね、って」
不自然に途切れる言葉に、彼は「ああ」とだけ言葉を落とす。そうして彼は視線を逸らすと机に頬杖をついて「そうだな」と言葉を継いだ。その横顔からは、どれだけ彼が眉を寄せているかはわからない。しかし不機嫌そうな表情に、おそらく予想は概ね外れていないことを知る。この男は、言葉少なでも必ず、間違えずに意図を汲むのだ。良くも、悪くも。
「……確かに『あのヤロー』の周りにはいねえな、あんま」
勝手に他人に渾名を付ける彼が、『あのヤロー』と称す範囲はあまり広くはない。そうしてそこに羽風先輩が含まれていることを私もよく知っているから「だよね」と半笑いで言葉を返す。すると彼はこちらに視線を投げて、そして僅かにその皺を解いた。おそらく開けられていないまだ無傷な耳朶を見たのだろう。「テメーよう」と小さく零した息に、言葉を混ぜる。
「馬鹿な真似はすんなよ」
「馬鹿な真似?」
「『あのヤロー』のために穴開けんな、つうことだよ。大体アイツだって、開けてねえじゃねえか」
「……確かにね」
それでも。
それでも彼の『特別』になれるのならば、穴の一つや二つ、やぶさかではないのだ。
可愛い女の子になんて、もうなれやしない。彼の一挙一動に鈴のような音を湛えてころころと笑い、愛らしく甘えて、微笑んで、すり寄って、なんて。なんて……とても。
「(もうすぐ卒業しちゃうのに)」
このままだと、忘れられてしまう。可愛げのない後輩の一人としてカテゴライズされて、心の奥底へと埋没されてしまう。しかしこうして悩んでいる間にも日々は無情にも進み――朝起きる度に緩む寒さに、心は強く、切なく軋む。
「(私は、どうすればいいんだろう)」